寡作の天才作家が描く“素敵滅法界”これぞ泉鏡花文学賞!〈トヨザキ社長のヤツザキ文学賞〉

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飛ぶ孔雀

『飛ぶ孔雀』

著者
山尾 悠子 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163908366
発売日
2018/05/11
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

寡作の天才作家が描く“素敵滅法界”これぞ泉鏡花文学賞!

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 さすが、金井美恵子が選考委員を務めている泉鏡花文学賞! 第46回の受賞作に山尾悠子の『飛ぶ孔雀』を選ぶとは、お目が高い。欣喜雀躍とはこのことなんであります。

 一九七五年に、二十歳の若さで小説家デビュー。シュルレアリスティックな幻想小説の書き手として高い評価を受けるも、八五年以降、新作を発表しなくなり、「幻の天才作家」と名のみ高き存在に祭り上げられてしまっていた山尾悠子。

 長い休筆期間を経て、二〇〇〇年に『山尾悠子作品集成』が刊行され、〇三年には『ラピスラズリ』という新作が出て、ようやく「幻の」が取れはしたものの寡作であるにはちがいなく、一般読者にまでは「天才作家」の全容が届いていない状況だったのですが、この受賞作を読んでみて下さい。さすれば「天才」という言葉の意味が了解いただけるはずですから。

 蛇行した川の真ん中にある人工島の川中島Q庭園。四万坪の池泉(ちせん)回遊式庭園では真夏の盛大な茶会が催されようとしている、というのがこの小説の前半部の設定です。でも、この物語を頭(理屈)で理解しようとすると、「?」が増殖するばかり。山尾語ともいうべき文章をゆっくり丁寧に追っていき、その場その場で生成されるエピソードと美しい描写の数々をただひたすら味わい尽くす。それが、この連作長篇を愉しむコツだと思います。疑問を持たず、ただ受け入れることが肝要という意味では、神話や現代詩のような佇まいの小説ともいえましょう。

 わからなさ加減は、読み進めるにつれさらに強まっていきます。でも、様々に形を変えて反復される骨や火や石のイメージと、変身のモチーフがちりばめられているこの小説は、読み手を此処とは違う何処かに連れ出す威力と魅力に溢れた素敵滅法界なのです。

「水や死、登場人物のせりふや建物などの描写一つ一つが、鏡花の小説を血肉化、骨肉化して自分のものとした上で書かれている。泉鏡花の文学に近い資質を持った小説だと意見が一致した」とは、金井氏による選考理由。一貫した物語を求めたりせず、虚心に「天才」の世界に遊んでみてください。

新潮社 週刊新潮
2018年10月18日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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