『未来のイヴ』 ヴィリエ・ド・リラダン著

レビュー

7
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未来のイヴ

『未来のイヴ』

著者
ヴィリエ・ド・リラダン [著]/高野優 [訳]
出版社
光文社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784334753849
発売日
2018/09/11
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『未来のイヴ』 ヴィリエ・ド・リラダン著

[レビュアー] 宮下志朗(仏文学者・放送大特任教授)

新世代のファンに贈る

 恋愛は生涯に一度だけと心に誓ったエウォルド卿が愛したアリシアだが、その美貌(びぼう)とは裏腹に凡庸な精神の持ち主、「ブルジョワの女神」にすぎなかった。絶望のあまり自殺まで考えたエウォルドは、かつて命を助けたエジソンに会って、「あの<魂>をあの<肉体>からひきはがしてくれたら」と叫ぶ。すると発明王は、アンドロイドのハダリーに高貴な魂を吹き込みましょう、これは「電気」と「理想」の闘いですと、救いの手を差し伸べる。ハダリーはペルシア語で「理想」、かくして「円筒型動作記憶盤」等、驚異の発明品を駆使して理想の女性が作られる。

 「アンドロイドSF」の元祖とされる一八八六年刊の長編。エウォルド卿は反俗の貴族ヴィリエの分身だろうが、「夢見る人に、嘲弄(ちょうろう)する人に」捧(ささ)げられたこの作品全体の解釈は読者に委ねたい。本作には、戦前の渡辺一夫訳、戦後の齋藤磯雄訳と歴史的名訳が二種存在するものの、共にその敷居は高い。そこで新訳は、たとえばエウォルドがアリシアの肉体と精神のアンバランスを嘆く箇所は、「私の悟性を瞠若(どうじゃく)たらしめ、不安ならしめたものは、(中略)無脈絡」(渡辺訳)、「私の悟性を狼狽(ろうばい)せしめ不安に陥れたものは、(中略)異質無縁」(齋藤訳)に対して、「ぼくは(中略)ミス・アリシアの<肉体>と<魂>はバランスがとれていないのではないかと怪しみ、また心配しました。でも、そうではありませんでした。(中略)バランスなど最初から存在しなかったのです」とした。難解な原文を咀嚼(そしゃく)し、くだいて訳してある。解説(海老根龍介)も親しみがもてる。

 押井守監督のアニメ『イノセンス』の冒頭では「われわれの愛もまた科学的であっていけないいわれがありましょうか」という一節が引用され、アンドロイドの名も「ハダリ」だ。伊藤計劃(けいかく)・円城塔『屍者(ししゃ)の帝国』にも「ハダリー」が登場する。「古典新訳」による『未来のイヴ』は、新世代の読者への、最高の贈り物だ。高野優訳。

 ◇Villiers de l’Isle-Adam=1838~89年。仏象徴主義を代表する作家。ほかに短編集『残酷物語』など。

 光文社古典新訳文庫 1800円

読売新聞
2018年10月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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