『発達障害に生まれて』 松永正訓著

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

発達障害に生まれて

『発達障害に生まれて』

著者
松永正訓 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784120051159
発売日
2018/09/10
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『発達障害に生まれて』 松永正訓著

[レビュアー] 森健(ジャーナリスト)

理解、受容への道のり

 無数にある便器の動画。その17歳の少年はどの便器の水流音を聞いても、メーカーと品番を正確に答えるのだという。坊主頭にくっきりした目で魅力的な顔立ち。ただし、彼の知能指数は37。知的障害を伴う自閉症という発達障害の一つで、通常のコミュニケーションは難しい。

 本書は医師でもある著者がそんな自閉症の少年が育った17年間を母への聞き取りから描いたノンフィクションだ。補って言えば、当初は衝撃を受けた母が、その後発達障害というものを理解、受容していく過程を描いた本でもある。

 生後3か月から英才教育を施すほど母は教育熱心だった。だが、子どもの反応は乏しい。2歳を過ぎたとき、専門医に「お子さんは自閉症ですね」と告げられる。一生治らないという。母は当初その現実を受け入れられず、しばらくの間は何かにつけて健常児と比較してしまい「将来に対する不安で心が一杯」な日々だった。

 少年の行動に接していれば、困惑するのも不思議ではない。保育園では1日中玄関でうずくまって動かないときもあった。成長して一緒に外出すれば、同じタクシーや同じ車両の電車にしか乗らない。小学生になると、非常口マークや消火器を見つけては走り寄る。小学校高学年からはトイレに関心を示し始めた。こうした行動は自閉症特有の「こだわり」が原因だった。

 母は学んでいく。専門医に耳を傾け、自らの発見を通して確かな療育法を身に着けていく。何かにこだわりがあれば、納得がいくまでさせる。すると本人も安心する。少しずつ子どもの生きやすい生き方を理解していく。母は後年気づく。「育てる中で人は親になっていく」と。

 筆致は淡々としているが、母が率直に語った心の葛藤や克服の過程が大変だったことは随所に滲(にじ)む。本書は同じような境遇の親には大きな共感につながるだろう。と同時に、すべての人にとっても、こうした障害をどう理解し、受容すべきかというヒントが多く含まれている。

 ◇まつなが・ただし=小児外科医。2013年『運命の子 トリソミー』で小学館ノンフィクション大賞受賞。

 中央公論新社 1600円

読売新聞
2018年10月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加