「強い感情をぶつけました」――『男たちの船出』 刊行記念インタビュー 伊東潤

インタビュー

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男たちの船出

『男たちの船出』

著者
伊東潤 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334912444
発売日
2018/10/18
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「強い感情をぶつけました」

[文] 伊東潤(作家)


伊東潤(いとう・じゅん)さん

前作『ライトマイファイア』では、70年代の大学紛争、
「よど号事件」を題材に近現代の日本を舞台にしたが、
伊東潤の最新作は、『巨鯨の海』『鯨分限』に連なる海とたたかう男の物語だ。
江戸時代初期、塩飽と佐渡を舞台に前人未踏の千石船造りに挑む男たちを
ドラマティックに描く直球ど真ん中の感動的な力作を、自身に語ってもらった。

 ***

――伊東潤さんの新作『男たちの船出』が十月に光文社から刊行されます。その刊行を記念して、お話を伺えれば、と思います。よろしくお願いいたします。今回は、千石船造りに挑む船大工の父子をテーマにされていますが、それはどういうところから?

伊東 『江戸を造った男』を書いた時に、和船に興味を持ったのがきっかけです。和船は構造が洋式船とは根本から違うんです。そのイノベーションの過程がどのようなものだったのかは記録に残っていませんが、小さな船が次第に大型化し、幕末には最大で二千石船まで登場するほど進化していきます。しかも、ただ大きくしていっただけでなく、様々な技術的工夫が施されていくのです。そこには、多くの葛藤やジレンマがあったはずです。それを小説にしようと思いました。もちろん小説ですから、技術的な苦労話だけではなく人間ドラマが必要です。江戸時代の職人の話ですから、技術は親から子へと相伝されていきます。だったら親子の相克をテーマとして描こうと思いました。もう一つは「老い」ですね。自分がだんだん衰えていくことへの恐怖。これは自分のことも含めて考えました。

――この作品は「老い」というテーマがあることで、すごく深みが増していると思うのですが。

伊東 老いを自覚した時、人は変わっていくと思います。それは自分の生き方にドラスティックな変化をもたらします。僕自身は五十五歳くらいまでは、体力も知力も全く衰えを感じませんでした。ところがここ三年、急激に衰えを感じるようになりました(現在五十八歳)。肉体と精神両面での衰えを目の当たりにして、このテーマを選ぶなら今しかないと思ったのです。

――今回の作品では、史実に残った人物ではなく、船大工という名も無き人々を中心においたことで、想像で書く部分が広がった、ということはありますか?

伊東 歴史小説を主戦場としている私の場合、決して変えてはいけない史実をベースにし、そこに創作部分を加えていきます。つまり歴史小説は、見えている史実は海面に浮かぶ氷山同様ほんの少ししかないと思うので、そこで海面下の氷山をいかにうまく見せていくかという作業になるわけです。ただそのブレンド率が作品によって異なります。前作『ライト マイ ファイア』同様、本作も史実部分は改変しませんが、背景として存在する程度にし、創作部分の占める割合を大きくしています。具体的に言うと、河村屋七兵衛(かわむらやしちべえ)(瑞賢(ずいけん))のかかわる部分は史実に則(のつと)り、それ以外は創作ということです。しかし根幹に歴史的背景があるので、十分なリアリティがあると思います。もちろん創作といっても、当時の風俗や考え方を調べ、現地に行って取材し、詳しい方に話を聞くといった地道な作業を経てから書いているので、生々しいリアリティが感じられるはずです。ただし方言については、『巨鯨の海』などで読みにくいという感想もあったので最小限にしています。香川弁は簡単なのですが、リーダビリティを重視したわけです。

――個々のキャラクターについてですが、自分自身を投影したような人は出てきますか。

伊東 私の場合、過去の経験から複数の人の個性や人格をミックスしてキャラクターを造形していきます。これまでの仕事柄、人間洞察力には優れているという自信があるので、人物パターンはいくらでもあります。

――今作では、海との戦いがクライマックスになっていますが、そこにはやはりご自身の経験が反映されているのでしょうか?

伊東 そうです。僕自身がウインドサーフィンをやっていたこともあって、若い頃は海に出る機会が多かったので。海や風の表情の変化をよく知っています。波の怖さや力の強さ、波にまかれた時の感覚などは経験しないと書けないと思います。

 最近の若い書き手に、リンゴそのものを見ないで、リンゴの絵を見て書いている人が多くいますが、経験を経ないで想像で書くから説得力に欠けるのです。歴史小説を書くにあたって、私は甲冑を買って各地の合戦祭りを回りました。その結果、得られたのが諸作品で描いてきた合戦のダイナミズムです。

――題材の選択についてのお考えをうかがえますか?

伊東 題材選択にあたっては三つのポイントを考えています。まず「今、書く意義があるか」です。本作では家族や地域コミュニティ、また会社組織の崩壊といったテーマが内包されています。こうした現代の映し鏡となっているような題材を最初に考えます。

 次に「読者のニーズがあるか」です。私の専門とするお城マニアの世界もそうですが、最近は建築物、とくにダムだとかコンビナートだとか高度な技術を要するものに対する関心が高まっています。「艦これ」から入って、軍艦の世界に魅せられる若者も多くなっています。そうした意味で、和船についても関心の高まりがあると感じます。

 第三点として「自分の強みを生かせるか」です。私は読者だった時代から、「なぜ作家には、作品によって当たりハズレがあるのだろう」と思ってきましたが、それは安易に「これ面白そうだな」で題材を選んでしまうからだと思いました。自分の強みをしっかり把握し、それを適用できる題材を選んでいけば「ハズレなし」の状態を続けることは、さほど難しくありません。例えば私の場合、初期は戦国時代ばかりを舞台にしていたのですが、そこで合戦の臨場感とか海戦の迫力が評価されました。それを生かせる題材は何かを考えた末に行き着いたのが『巨鯨の海』や『鯨分限』で描いた古式捕鯨の世界でした。同様に本作も、海と船が人間ドラマの背景にあるので、強みが十分に生かされています。

――この作品では連載終了後に、連載原稿をお読みになった読者の方の「読書会」を行われていますね。斬新な試みだと思います。

伊東 僕は、これからは作家がひとりで作品を作っていく時代ではなくて、コアな読者の皆様と一緒に作っていく時代だと思います。例えば、これから発売する作品でも、連載バージョンを読者に読んでもらい、読書会で意見やアイデアを出していただき、仕上げ段階でそれを反映させる作業工程が必要だと考えています。そうすることで作品をより磨き上げられるわけです。読書会に参加していただいた方々のお名前を刊行時に巻末に記載させていただくので、SNS等で拡散しようというモチベーションも高まります。『男たちの船出』は『ライト マイ ファイア』に続き、この手法で仕上げた二作目になります。こうしたファンベースを基本に置いた考え方こそ、作家だけでなく、これからの時代の主流を成すと思います。

――これからも読書会を基軸にやっていくわけですね?

伊東 そうです。講演会がミュージシャンのライブに相当するなら、読書会はセッションです。読者から斬新なアイデアをいただくことで、さらに作品が輝きを増していきます。

 作家のファンベースの発展段階を五段階で整理すると、第一段階として「講演やトークショーなどワンウエイのイベント」。続いて「読書会による過去作のフィードバック・イベント」、そして「読書会による新作のフィニッシング・イベント」が来ます。この第三段階までは、これまでの読書会で僕もやってきました。これからは、「作品企画段階からの参画イベント」と「作家のプロデュース・イベント」を開催しようと考えています。これにより読者のアイデアは作品を越えて作家のプロデュースにまで及ぶのです。

――作品のご執筆にあたって、内容的に新しい試みはありますか?

伊東 執筆にあたって試みたのは、ストーリーに起伏を持たせるための手法として「感情曲線」による設計図を作成したことです。今回はフィクション部分が大きいので、かなりうまくいきました。「谷が深ければ、山も高くなる」ということです。

――これは、ぜひ作品を読んでいただいていかに感情が揺さぶられる仕上がりになっているか、味わっていただきたいですね。理論的にうかがうと理屈っぽい話のようですが、エモーショナルなブルースのような魅力もあるし、強烈なカタルシスもある、絶対感動できる作品ですね!

伊東 構築された理論なくして読者の心を動かす小説は書けません。たとえ書けたとしても偶然のなせる業です。これまで小説の世界は神域のようにされてきており、理論化を嫌う風潮がありましたが、自分なりの理論を身に付けることで、より素晴らしい作品を世に出せるなら、それに越したことはないと思います。

――今回、カバーについてはイメージを具体的にご指示いただきましたが、そのアイデアのきっかけは?

伊東 インパクトのあるカバーを考えていたんですが、船を描いてもらってもあまり衝撃はないので、だったら嘉右衛門(かえもん)のイメージを強く打ち出したいと思ったんです。その結果、素晴らしい絵を描いていただけました。特にこの眼の表情に、自信と不安がない交ぜになった内面が見事に表現されています。いただいたデザイン案の中でも、それが最も伝わっているものを選ばせていただきました。

――最後に一言。

伊東 『男たちの船出』は、これでもかというほど強い感情をぶつけた作品です。「これが小説だ!」と声を大にして叫びたいですね。

 ***

伊東潤(いとう・じゅん)
1960年、神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。大手外資系IT企業を経た後、外資系企業のマネジメントなどを歴任。2007年、『武田家滅亡』(角川書店)でデビュー。『国を蹴った男』(講談社)で「第34回吉川英治文学新人賞」を、『巨鯨の海』(光文社)で「第4回山田風太郎賞」と「第1回高校生直木賞」を、『峠越え』(講談社)で「第20回中山義秀文学賞」を、『義烈千秋 天狗党西へ』(新潮社)で「第2回歴史時代作家クラブ賞(作品賞)」を、『黒南風の海――加藤清正「文禄・慶長の役」異聞』(PHP研究所)で「本屋が選ぶ時代小説大賞2011」を受賞。そのほかの代表作に『天下人の茶』(文藝春秋)、『鯨分限』(光文社)などがある。最新作に『ライトマイファイア』(毎日新聞出版)。

光文社 小説宝石
2018年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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