有栖川有栖の“最後の一折り”に驚愕 「インド倶楽部の謎」

レビュー

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インド倶楽部の謎

『インド倶楽部の謎』

著者
有栖川, 有栖, 1959-
出版社
講談社
ISBN
9784065131381
価格
1,375円(税込)

書籍情報:openBD

虚構と現実が表裏一体となる謎解き“最後の一手”の美学

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 最後の一手がきれいな折紙。

 有栖川有栖(ありすがわありす)作品を一口で表現するとそういうことになる。一枚の正方形から立体を作っていく折紙は、最後の一手を加えたときに全体の印象ががらりと変わり、今までそこに存在しなかったものが突如出現することになる。有栖川は、そうした最後の一手の美しさを熟知する作家だ。

『インド倶楽部の謎』は、アメリカの作家エラリー・クイーンに倣って有栖川が書き続けている〈国名シリーズ〉の最新長篇である。〈アガスティアの葉〉は一人の人間の生涯に起きる出来事がすべて記されているとされる呪物だが、これによって自分の運命を読んで予言してもらうという催しが神戸の街の某所で開かれた。その関係者が予言された通りの日に殺されるという事件が起きるのである。

 探偵役を務めるのは、事件捜査をフィールドワークの対象とする社会学者・火村英生(ひむらひでお)と、作者と同姓同名のミステリー作家・有栖川有栖のコンビである。冒頭に不可解な状況が設定されるが、その関心だけで長篇を読ませようとするほど作者は無精でも不親切でもない。中盤から浮上してくるのは、この事件を収束させることは本当にできるのだろうか、という合理的な解決に対する不安だ。

 読者に呈示される状況は奇妙に不格好であり、それを使って整った形を作れるようには見えない。最終形にたどり着くためにはよほどの奇手を用いなければならないはずで、何が準備されているのか、という期待が高まっていく。作者が指を動かして最後の一折りを始めた瞬間、そんな手があったのか、と読者は驚愕するはずである。

 物語という虚構が、私たちの今いるこの世界の現実感を構成要素として利用していることを再認識させられる作品でもある。謎が解かれる過程では虚構と現実の表裏一体の関係が浮かび上がる瞬間がある。そのとき読者は、自分は今、まさに虚構の中にいるのだ、と実感するだろう。

新潮社 週刊新潮
2018年10月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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