「がん」はなぜできるのか それはヒトを知ること

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ノーベル賞がより分かる「がん」のメカニズムと難しさ

[レビュアー] 小飼弾

「がん」。最も形而上的(metaphysical)かつ最も形而下的(physical)な病。それと向き合うことは文字通り自分自身と向き合うことである一方、二人に一人が一生に一度は患い、三人に一人はそれで命を落とす、最もありふれた病。「がん」が自分の細胞が変異したものであることを知らない現代人はおよそいない。しかしどこがどれだけ変異したかとなるとどうだろう? 最も変異が大きな黒色腫〈メラノーマ〉でさえ、10万分の1、新書一冊に誤字が1文字というレベル。がん細胞と正常細胞の違いはその程度しかない。もっと違っていたら「がん」になる前にその細胞は死んでしまうのだから。

「がん」の難しさは、そこに尽きる。比喩抜きで自分との戦いにならざるを得ないのだ。外科切除も抗がん剤も放射線も正常細胞を巻き添えにしてしまうのは、「がん」と正常の差がほとんどないからだ。自分以外から体を守ってくれる免疫も、「ほとんど自分」のがん細胞を認識するのが困難であることは想像に難くない。

 しかし本当に不可能なのか? その難事を実は免疫がやってのけていることが明らかになってきた。その免疫をがん細胞が必死で回避していることも。そこに活路が見出せないか。『「がん」はなぜできるのか』(国立がん研究センター研究所編)は教えてくれる。2018年のノーベル生理学・医学賞が示したように、「がん」を知ることは、まさにヒトを知ることなのだと。

新潮社 週刊新潮
2018年10月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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