過去へ過去へと遡る――『星詠師の記憶』著者新刊エッセイ 阿津川辰海

エッセイ

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星詠師の記憶

『星詠師の記憶』

著者
阿津川辰海 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334912499
発売日
2018/10/18
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

過去へ過去へと遡る

[レビュアー] 阿津川辰海(作家)

 昭和という時代を過ごしたことがない。

 その時代は父母や祖父母の昔語りとして、あるいはその時代を描いた映画や小説の形で私の傍にあった。特に昭和に生み出された推理小説への憧憬(しようけい)は強い。鮎川哲也(あゆかわてつや)、都筑道夫(つづきみちお)、土屋隆夫(つちやたかお)、戸板康二(といたやすじ)、陳舜臣(ちんしゆんしん)、日影丈吉(ひかげじようきち)、多岐川恭(たきがわきよう)、松本清張(まつもとせいちよう)、夏樹静子(なつきしずこ)、仁木悦子(にきえつこ)。今となっては古く感じる風物も、未だ色褪(いろあ)せることない謎解きも、同じくらい好もしく感じられた。鮎川や土屋の、証拠の繊細な検討から始まるトリックの解明や、都筑の推理の興奮。陳が謎解きの向こう側に織り上げる人間の心理、戸板の描く名探偵・中村雅楽(なかむらがらく)の肌触り。これまで抱いてきた様々な憧憬を、デビュー作のような露骨なオマージュとしてでなく、自分なりの形にしてみたかった。

 そこで、本作『星詠師(せいえいし)の記憶』は、未来予知の設定を謎解きの中心に据えつつも、過去へ過去へと遡(さかのぼ)る構成を採った。

 水晶が予知をする、という設定は作中にも登場するとおりファンタジーのイメージから引いてきたものであるが、イメージを理屈に落とし込むのには苦労させられた。あくまでも現実と地続きの世界で、水晶が予知を記録し、その予知を信ずるコミュニティーが出来るにはどうすればよいか、輾転反側(てんてんはんそく)しながら絞り出した。鉱物の意識、と表せば、これはSFのアイデアでもある。J・G・バラードの名作『結晶世界』『ヴァーミリオン・サンズ』を思い出し設定を詰めていった。デビュー作ではジャック・ヴァンスの「フィルスクの陶匠」を参考にしたので、SFを読むことも、自分の中でやはり一つのジャンピング・ボードになっているようだ。

 昭和からまだ見ぬ未来を眺めた一組の兄弟と、現代から兄弟の過去を追う刑事。昭和と水晶をただの書割にしないよう神経を使って小説を書いた。それでも、デビュー作ほど緊張はしていないと思うが、どうだろうか。

 楽しんでいただければ幸いです。

光文社 小説宝石
2018年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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