無敵のアニソン”の生みの親、及川眠子の作詞術「ネコの手も貸したい」がただの教則本ではない理由

レビュー

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ネコの手も貸したい

『ネコの手も貸したい』

著者
及川眠子 [著]
出版社
リットーミュージック
ISBN
9784845632671
発売日
2018/07/20
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

無敵のアニソン”の生みの親、及川眠子の作詞術「ネコの手も貸したい」がただの教則本ではない理由

[レビュアー] 足立謙二(ライター)

 テレビアニメの主題歌、いわゆるアニソンは、大きく分けて2種類あると思います。早い話、その番組のタイトルや主人公の名前が歌詞に出てくるか出てこないか。

 ざっくりいうと、古くは“テレビまんが”と呼ばれた1970年代以前の作品や子供向けアニメが前者。70年代後半のアニメブーム以降に顕著になった、中高生以上の大人を視聴者に想定した作品が後者といったところでしょうか。

 アニメが子供向けのおもちゃの延長のような扱いから、大人になっても恥ずかしがらずに見られる“作品”に昇華させた役割を、アニソンは担っていたと言っていいかもしれません。

 そんな“作品”としてのアニメの一つの完成形と言えるのが1995年放送の『新世紀エヴァンゲリオン』ではないでしょうか。その「エヴァ」を象徴するのが、主題歌「残酷な天使のテーゼ」ですよね。大人向けアニメの主題歌として、これほど完成度の高い歌もそうはないのではないでしょうか。

 歌詞の中に「エヴァンゲリオン」という名前も主人公・碇シンジの名前も出てこない。それでいて、やたら小難しいこの作品の世界観を、難解な歌詞と特徴あるメロディによってものの見事に表している。この歌があって、あの数奇なストーリーが生まれたのではないかと思わせる、強烈な響きがこの一曲の中に刻まれていると言っても過言ではありません。

 この、いわば無敵のアニソンの歌詞を書き上げたのが、“最後の職業作詞家”とも呼ばれる及川眠子さんです。

 アニソンや特撮番組の主題歌の歌詞を多く手がけている及川さんですが、決してアニソン専門の人ではありません。むしろ流行歌の人というべき立ち位置? いや、流行歌の人と決めつけては失礼ですね。ミュージカルやゲーム音楽、短いCMソングに至るまで、直近までに手がけた歌は1300曲に迫る、まさしく作詞職人なのです。

 その作詞のプロの眠子(ネコ)さんが、長年の経験などをもとに磨き上げた作詞の術を、次代の作詞家のタマゴたちに託そうという一冊が『ネコの手も貸したい 及川眠子流作詞術』なのです。

感覚よりも理詰めでせまるテクニック

 この本、基本的には極めて実践的な作詞教則本です。

 ネコさんが作詞の基本ツールとして用いるのは、「フレーム」と「ボックス」の2つ。自分が書きたいと思った世界を頭に浮かべ、一枚の絵画や映画の1シーンのように想像してみる。これが「フレーム」。そこに描かれた人物や風景、写っている人物は何を考えているかなどを1つ1つパーツのように拾い上げ、箱の中にポイポイ放り込んでいく。この箱がボックスです。

 これら、フレームの描き方と、ボックスへどれだけたくさんの言葉を集められるかが最初のポイントだというわけです。そして、集まった膨大な言葉の中から、余分な言葉を捨てていき、選りすぐりの言葉で紡いでいくのが作詞の基本だと、ネコさんは軽快な言葉で語りかけています。

 こうした具体的な手法の数々を、ネコさんが手がけた代表曲、Winkの「淋しい熱帯魚」や、やしきたかじんさんの「東京」などを引き合いに、基礎編から順を追って丁寧に説いていっているのが、この本の全体的な流れです。ただ淡々と語るのではなく、ネコさんが用いてきた大胆な言葉の使い方が節々に挟まってくるので、飽きることなく読み進めることができてしまいます。

 その秘密は、ネコさんの作詞術が感覚に頼らず、理詰めというか、どれもこれも具体的だからのように思います。具体的だから誰にでもわかりやすい。この巧みさも作詞職人・ネコさんの技なのかも知れません。

敢えて難解に、「残酷な天使のテーゼ」の作り方

 さて、最初に触れた「残酷な天使のテーゼ」ですが、この本の最後に上級編の題材として登場しています。そこで特に印象的なのは、ネコさんによるタイトルの付け方。「哲学してください」「難しくしてくれ」とのオーダーに、専門用語と漢字を多めにしようと考えた結果が、「残酷な天使のテーゼ」というゴツゴツとしたタイトルになったそうです。

 この曲を歌った高橋洋子さんは、このタイトルを見て「超インパクト!」だったと巻末のインタビューで言っていますが、「エヴァ」の強烈な世界観は、やはりこのタイトルによって道筋が決まったと言えるのでしょう。

 さらに「今は腕の中の赤子でもやがては大きくなり、いつの日か私の手を離れていく。そのときは引き止めずに見送りたい。それが自分にできる精一杯の愛情」というこの曲のテーマを、レトリックやダブルミーニングなどの手法を絡めて、哲学的な言葉や難解な漢字を当てはめて作り込んだのがあの歌詞だったそう。ネコさん自身は「難しくもなんともない」技とサラリと言ってのけていますが、こうしたスキルを磨き上げるには、語彙を増やし続ける地道な努力が必要だとも言っています。

 アニソンの頂点を極めるにせよ、作詞家としてこの先食べていくにも、生半可なことで済むはずもないのは確か。でもその遠い道のりも、ネコさんの手は心強い味方になってくれれば、決してたどり着けない場所ではない。そんな思いがこの一冊を読むだけで湧いてくる気がするのです。

リットーミュージック
2018年10月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

リットーミュージック

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