『凜の弦音』
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人生に興味ない人は、いませんよね?
[レビュアー] 我孫子武丸(作家)
十年以上前、妻が若い頃からやりたかったという弓道を始めてから、夫婦間での会話の七割か八割は弓に関するものとなった。その割と初期の段階から、ああこれはミステリのネタにも使えるなあと思い、こちらも半ば「取材」のつもりで根掘り葉掘り聞き出すようになった。弓道をテーマにした小説というものが見当たらなかったのも(少なくとも弓道ミステリはなさそう)、これは書くしかないだろうという思いを加速させた。
しかし、SNS等をよく覗いている方はご存じだろうが、ネットの世界には「○○警察」と呼ばれるチェック集団が存在する(もちろん団体ではない。単なる個人の集まり)。フィクションで扱われる比較的マニアックなテーマの絵、記述について、詳しい人達から次々指摘が入る、そういう時代なのである。中でも「弓道警察」は、そのジャンルのマイナー具合からか、なかなかに厳しい人達である。
小説だからビジュアルはない分、むしろ内面の感覚のリアリティの方が重要に思えたので、ぼくも弓道教室から始めて、週一回(結局均(なら)すと月に一回とか二回といった超スローペース)ではあったものの道場に通って練習を重ね、なんとか(二年半もかかったが)初段までにはなった。しかし半分は取材だ。事実がどうとかいうことより、雰囲気が感じ取れないと書けないタチなのである。
間違い、はなくはないかもしれないが我が家の弓道警察にも、教士の先生にも原稿を見てもらったので、弓道警察のツッコミについてはとりあえず大丈夫ではないかと思われる。それよりも今はむしろ、当初の予定を遥かに超えて「ミステリ」よりも「弓道」の比重が高くなり、「これ、弓道全然知らない人(どう考えてもそっちの方が大多数だ)が読んでも面白いのかな? 伝わるのかな?」ということだ。
しかしまあ、「射即人生」と言うくらいで、弓は人生にも通じるものがあるのだから、人生の話だと思って読んでいただければいいのかもしれない。人生に興味ない人は、いませんよね?