『教養派知識人の運命』 竹内洋著

レビュー

5
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

教養派知識人の運命

『教養派知識人の運命』

著者
竹内 洋 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784480016720
発売日
2018/09/12
価格
2,160円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『教養派知識人の運命』 竹内洋著

[レビュアー] 土方正志(出版社「荒蝦夷」代表)

大正教養派の旗手に光

 哲学者・美学者の阿部次郎は昭和三四(一九五九)年、宮城県仙台市で没した。享年七六。仙台市名誉市民として盛大な仙台市葬が営まれた。その研究拠点だった阿部日本文化研究所は、現在、直筆原稿や日記書翰(しょかん)、師であった漱石や知友との交流に関する資料を展示する阿部次郎記念館として公開されており、東北大学附属(ふぞく)図書館には旧蔵書を収めた「阿部文庫」がある。山形県酒田市の生家はといえば、阿部のみならず学者を輩出した一族の業績を紹介する阿部記念館となっている。

 誕生と終焉(しゅうえん)の地においては、阿部の存在は少なくとも忘れ去られてはいない。とはいえ、知る人ぞ知るといったところではあろうか。それ以外の地ではほとんどその名は忘却されているといっていいだろう。そこにこの評伝なのだが、著者自ら序章で「いまさら阿部次郎ですか」と記しているくらいである。

 教育者の家に生まれ、東京帝大へ。高等遊民の群れに身を投じ、漱石に師事する。青春の苦悩を綴(つづ)った哲学エッセー『三太郎の日記』が時代を超えた巨大なベストセラーとなり、人格主義を唱えて大正教養派の旗手に躍り出る。欧州留学を経て東北帝大教授に着任。法文学部長を務め、終戦の年三月、定年退職。東北大名誉教授として戦後も仙台に暮らし続け、死を迎えた。

 そんな阿部の生涯を追って、大学制度と学生たちの気風の変遷、阿部を取り巻く文学者たちの群像、政局も絡めば出版業も胎動して、治安維持法による娘の逮捕、友である和辻哲郎の妻との道ならぬ恋、『三太郎の日記』の存在の大きさによってほかの著作に光があたらない文学者としての栄光と不遇などなど、多彩豊富なエピソードが綴られて飽きない。

 タイトルにある「教養」と「知識」に人生を賭けた阿部とその同時代人の軌跡に、いまこの時代だからこそ目を凝らす意味がありはしないか。本書の気迫にそんなことを思わされた。

 ◇たけうち・よう=1942年生まれ。教育社会学者。著書に『革新幻想の戦後史』『教養主義の没落』など。

 筑摩選書 2000円

読売新聞
2018年10月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加