『風景論 変貌する地球と日本の記憶』 港千尋著

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風景論

『風景論』

著者
港千尋 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
芸術・生活/芸術総記
ISBN
9784120051098
発売日
2018/09/10
価格
2,808円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『風景論 変貌する地球と日本の記憶』 港千尋著

[レビュアー] 伊藤亜紗(美学者・東京工業大准教授)

見えてくる地球の時間

 波打ち際につくられた砂山。それこそまさに風景なのだと気づかされる。砂山が気まぐれな波の動きによって浸食され、別の場所に移動していくように、私たちが山だとか谷だとか呼んでいる地質学的な形状も、長い時間のなかで形を変え、輪郭を書き換えられていく。本書において、風景は徹底して時間の相において捉えられている。風景は動く。このことは、著者が写真家であることを考えると意外だが、写真家とはまず現地におもむき、そこにある見えないものを見る人でもあるのだ。

 背景にあるのは、いうまでもなく東日本大震災前後の風景の「動き」である。著者が注目するのは、津波で内陸奥深くに流されてきた漁船が、しばしば干拓事業の完了を記念する石碑の近くに止まっていたことだ。そうした石碑は、かつてそこには潟や浦が広がっていたことを示している。津波は、まるで干拓以前の地形を憶(おぼ)えていたかのように、谷を遡ってそこまで船を運んできたのである。

 そもそも一説によれば、「風景(landscape)」の語源は、オランダ北部から北ドイツで用いられていたフリジア語の「ランドショップ(landschop)」にあるという。「ショップ」とはスコップのような道具で、つまり土を掘り起こして海に投げるという身振りが、この語には含まれている。風景は、その含意のレベルでは動詞なのだ。平らな国土を持ち、すぐれた風景画と地図の伝統を誇るオランダ北海海岸の歴史は、本書の導き手として頻繁に参照される。

 風景に含まれる時間は、必ずしも均質なものではない。津波や洪水によって、そこだけが局所的に数世紀前の風景に戻ってしまうこともある。そんな時間のパッチワークを、一つの面となった風景から読みとること。ヒューマンスケールを超えた想像力を持つとはどういうことか。緻密(ちみつ)な文章と鮮やかな写真で、私たちを地球の時間へと連れ出してくれる。

 ◇みなと・ちひろ=1960年、神奈川県生まれ。写真家・著述家。多摩美術大教授。著書に『芸術回帰論』など。

 中央公論新社 2600円

読売新聞
2018年10月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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