大家さんが亡くなったとき、「悲しみ」を忘れさせてくれたのは、この本。 矢部太郎×小野寺史宜・対談

対談・鼎談

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夜の側に立つ

『夜の側に立つ』

著者
小野寺 史宜 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103325437
発売日
2018/08/22
価格
1,870円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【痩身対談】ひとつ、お願いがあるんですけど…… 矢部太郎(お笑い芸人・漫画家 158cm、39kg)×小野寺史宜(小説家 175cm、50kg)

[文] 新潮社

大家さんが亡くなって、落ち込んでいる矢部太郎さんに、編集者が「最近読んだなかで、いちばん面白かったです」と渡した一冊の本。それは小野寺史宜さんの長編小説『夜の側に立つ』でした。業界を代表する細身、という共通点もあり実現した対談では、矢部さんが『大家さんと僕』を描き始めたきっかけや、小野寺さんの暗黒の15年、この三食を続けられれば、という究極のダイエット(?)食生活、突き抜けた断捨離欲にまで話が広がっていき、やがて矢部さんの懇願が導かれます――。矢部さんの描き下ろしたマンガ、「夜の側に立つ」と僕、と、あわせてお楽しみください。

小野寺史宜さんと矢部太郎さん
小野寺史宜さんと矢部太郎さん

***

辛(つら)い時、だからこそ

矢部 『夜の側(がわ)に立つ』、むちゃくちゃ面白かったです。

小野寺 こんな小汚(こきたな)いやつが来て、申し訳ないです。伺いたかったんですけど、どうして、ぼくの本を読んでくださったんですか?

矢部 信頼している編集者さんに「最近読んだ小説のなかで、一番おもしろかったです」と渡されたんです。大家さんが亡くなってすごく辛い頃だったんで、僕を励ます意味もあるのかな、と思って読み始めたんですね。そしたら冒頭で、いきなりボートが転覆して人がお亡くなりになって……。なんでこれを僕に薦めてくれたんだろう、って、不思議な気持ちになったんですね。でも、読み進めていったら、ぐいぐい引き込まれて、小説の世界に没頭できたんですよ。いろんなことを忘れられたというか。小説って、やっぱりいいものだなあ、すごいなあ、と思わせられました。

小野寺 『夜の側に立つ』が二十冊目の本なんですけど、辛い状況にある人に渡す本としては、二十位かもしれません。

矢部 今考えればですけど、あの時期に明るくて優しい、みたいな内容の小説、たぶん読めなかったと思うんですよ。だから逆に、僕は、落ち込んでいる時に読みたい本ランキング一位だと思います。

小野寺 矢部さんは、了治(りょうじ)(主人公。『夜の側に立つ』は彼の四十歳、十八歳、二十代、三十代、四つの時間軸で物語が展開していく)と同い歳ぐらいでしたよね。

矢部 そうです、四十一歳です。章タイトルみたいに「決然たる四十歳」という感じでは全然ないですけど、やっぱり今の自分と重なるところはありましたね。主人公の自己評価の低いところとかは、まさにそうでした。

小野寺 ぼく自身もそうでしたから。すげえ恰好いいなあ友達になりたいなあ、という人が学校にいたとして、でも実際には友達になれないだろうし、もしなったとしても、人と人として合わないだろうなっていう感覚がずっとあったんですね。その感じを、この小説ではすごく書きたいと思いました。

矢部太郎さん
矢部太郎さん

天才です

矢部 部活は入ってたんですか。

小野寺 中学ではサッカー部でしたけど、高校では運動部でも文化部でもいいから部に所属しなさいという空気に負けず、入りませんでした。

矢部 僕も部活には、一回も入ったことないんです。学生時代には、小説を書いてはいらっしゃらなかったんですか。

小野寺 書いていなかったです。小学生のときから、いつかは物書きになろうとは思っていたんですけど、いま書き出してはだめだなって、ずっと考えてました。人として成熟するまではだめだ、みたいな。初めて書いたのは、大学を卒業して就職した会社を二年で辞めた、二十四歳のときです。辞めた次の日に、秋葉原にワープロを買いに行きました。たぶん矢部さんも、組織に属するのが好きじゃないですよね?

矢部 そうなんですよ。居場所がうまく見つけられなくて。大学生のときにがんばって、夏はテニス、冬はスキーみたいなサークルに入ったんですけど、新歓コンパで、絶対無理! と思って、音信不通になっちゃいましたね。

小野寺 ぼくもそうなんです。学生のときもそうでしたし、会社に入ってはみたものの、やっぱりだめでしたね。新入社員研修のために名古屋に行く新幹線の中で、就業規則の退職の欄を読んでましたから。

矢部 それは、早いですね~。

小野寺 会社を辞めて、これは無理にでも書かなきゃと思って、書いてはみたものの、天才じゃないから、全然だめで。最初の本が出るまでの十五年間は、本当に暗黒時代でした。『大家さんと僕』が初めて描かれたマンガなんですか?

矢部 そうです、初めてです。

小野寺 それは、天才です、本当に。たくさんマンガを読まれたり、お笑いのネタを作ったりしてきた経験はもちろん土台にあるんでしょうけど、普通はできないですよ。見たもの、体験したことを、きちんと自分の中で消化して、作品にするというのは。きっかけは、何だったんですか。

矢部 大家さんと京王プラザホテルでお茶してたら、偶然、マンガ原作者の倉科遼(くらしなりょう)さんがそこにいらっしゃって。面識があったので、ご挨拶をしたんです。大家さんのことを僕のおばあちゃんと勘違いされて、いやちがいます、実は、と説明したら、それは面白いからドラマの原案にさせてほしい、とおっしゃって。それで後日、絵コンテっぽいものを何ページか描いて見ていただいたんですね。そのときに、これは自分でマンガにした方がいいよ~、ってアドバイスしてくださったんです。それが、きっかけですね。

小野寺史宜さん
小野寺史宜さん

下書きの衝撃

小野寺 一話が四ページから六ページくらいの分量ですよね。連載されていたときはどんなペースで描かれていたんですか。

矢部 月に一回、「小説新潮」での連載だったんですけど、最初の頃は、本描(ほんが)きに一日一ページくらいかかってました。その前に、コマ割を考えて、ネームを描いて、と手間はかかるんですけど、全然、負担には感じなかったです。僕、だら~っと進めてたんですね。仕事の合間の空いた時間に、ちょこっとずつやってたんで。だから、一話にこれだけ時間がかかりました、と、厳密にはいえないんですよ。小野寺さんは、どんな風に小説を書かれるんですか。

小野寺 ぼくは一回、全部、下書きするんですよ。手書きで。

矢部 えっ、どういうことですか? パソコンで書かれるんじゃないんですか。

小野寺 プロットも決まって、よし書きだせるという段階で、最初から最後まで、シャープペンシルでノートに書くんです。ぼくにしか読めない字で。

矢部 マンガも、連載一回分のネーム、下書きは描きますけど、それを小説一冊分、手書きで、書かれるんですね。相当、衝撃、受けました……。

小野寺 まずは、そうですね。

矢部 まずはっていうか、それを本にして出しちゃったらいいんじゃないですか!

小野寺 下書きをしたノートを見ながら、パソコンに本書(ほんが)きするんですよ。そのときに推敲できるんですよね。手間はすごくかかるんですけど。

矢部 手間がかかるという認識は、おありなんですね。

小野寺 いろいろ試した結果、このやり方がいちばんしっくりくるんですね。本書きしたあと、ノートは捨てます。

矢部 捨てちゃうんですか!

小野寺 ノートもそうだし、むかし書いた小説のデジタルデータも消しますね。とにかく、物を捨てたいんです。人に出したメールも、すぐ消しちゃいます。携帯にも、写真、一枚も入ってないです。

矢部 ここに行ったとき、楽しかったなあ、とか、この猫かわいかったなあ、とか、思い出の写真もないんですか。

小野寺 全然、ないですね。なんにも持ちたくないんです。押入(おしいれ)があったとしても、空っぽにしておきたいですね。

矢部 押入には物、入れたいですよ、僕は……。

小野寺史宜さんと矢部太郎さん
甲乙つけがたい細さ

欲にまみれて、生きてきました

小野寺 部屋にテレビもないので、矢部さんは、ぼくと同じ坊主のイメージだったんですよ。恥ずかしながら、対談のお話をいただくまで、矢部さんがマンガを描かれていることも知らなくて。ネットで調べてみたら、髪の毛はふさふさだし、『大家さんと僕』もものすごくたくさんの人に読まれてて。今朝も読んできたんですけど、本当に面白かったです。コマとコマの間に空白があるのは、とってもいいですよね。マンガの地の文を抜き出して、セリフの部分を「 」で閉じて全部つなげれば、小説にもなりますよね。

矢部 ありがとうございます。確かに、最初は全部、文章で書くんです。それから絵を描いて、マンガにしていくんです。ちょっと、すいません、テレビ、お持ちじゃないんですか?

小野寺 いまは『大家さんと僕』に出てくるようなワンルームのアパートに住んでて、部屋にあるのは、パソコン、電子レンジ、冷蔵庫、洗濯機、あとプリンター、主(おも)だったものはそれくらいですね。

矢部 テーブルはないんですか?

小野寺 パソコンで作業をする用のテーブルはあります。その前で、めし食ってますね。ちくわを食パンにはさんで。

矢部 それ、『夜の側に立つ』を薦めてくれた編集者さんにきいたことがあります。なんか、牢屋みたいな部屋ですね。

小野寺 ほんと、そうですよ。監獄だと思います。

矢部 監獄! 僕が「電波少年」で監禁されていた部屋、そんな感じでしたよ。

小野寺 恥ずかしい話、部屋に本も置いてないんです。フローリングの上に布団を敷いて寝てますからね。

矢部 いやそれ、江戸時代ですよ。

小野寺 それでいて寒がりだから、冬は大変です。

矢部 ちくわに食パンは、毎日なんですか?

小野寺 食べるものは決まってますね。朝、四時くらいに起きてバターロール二個とお茶一杯。昼は、一斤(いっきん)六十三円の食パン半斤(はんきん)に、ちくわを一本ずつはさんで食べてます。

矢部 醤油とかマヨネーズとかつけるんですか?

小野寺 なにもつけないですね。部屋に調味料がないので。

矢部 部屋にない! ちくわってそんなに味ないですよね?

小野寺 『ひりつく夜の音』という小説にも書きましたけど、食パンにちくわをはさむだけで、もう充分ですよ。

矢部 バラエティの企画でやるやつですよ、「ちくわ生活」。

小野寺 夜は、レンジで温めて食べるパック入りのご飯と、三パック四十一円の納豆をひとつ、で、豆腐を一丁とキャベツの千切り。これが、毎日ですね。

矢部 えっ、毎日同じものを?

小野寺 肉とか魚とか、全然食べてないですよ。たぶん、刑務所の食事よりも粗食だと思います。

矢部 ミニマムな暮らしにあこがれる方、最近多いじゃないですか。いい意味で、求道者的というか、まったく憧れられないタイプのミニマムな生活ですね。自分のことを、欲がないほうだと思ってたんですけど、小野寺さんのお話を伺ったら、僕なんて欲にまみれた、俗世(ぞくせ)の男だったんだなと思いました……。「アウト×デラックス」出た方がいいですよ。

矢部太郎さん描き下ろし 「『夜の側に立つ』と僕」
矢部太郎さん描き下ろし 「『夜の側に立つ』と僕」本編はこちら

小野寺 なんですか、それ?

矢部 テレビないんでしたね……。小野寺さんが持ってこられた『大家さんと僕』、帯がついてないですね。

小野寺 すいません、帯は読むときに邪魔なので。

矢部 カバーがついてるだけ、よかったです。ひとつお願いがあるんですけど。『大家さんと僕』、気に入っていただけたということで、お部屋に置いていただけないでしょうか。

小野寺 気に入る、という偉そうな言い方はできませんが、本当に面白かったですよ。

矢部 置く、とおっしゃっていただけない……。小野寺さん、絶対、捨てちゃうでしょ!(笑)

新潮社 波
2018年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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