読者への果敢な挑戦!仕掛けだらけの短編集 『叙述トリック短編集』似鳥鶏

レビュー

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叙述トリック短編集

『叙述トリック短編集』

著者
似鳥, 鶏
出版社
講談社
ISBN
9784065131398
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

読者への果敢な挑戦!仕掛けだらけの短編集

[レビュアー] 円堂都司昭(文芸評論家)

 ミステリでは真相の意外性を演出するためのトリックが用いられる。なかでも文章の書きかたによって読者を欺くのが、叙述トリックである。これはあれのことだなと読者に思わせつつ、実はこれはそれのことであり、めくり返してみると確かにあれではなくそれを示す手がかりが書いてある――といった手法だ。似鳥鶏『叙述トリック短編集』は、この手法に徹底的にこだわった一冊になっている。

 会社の詰まったトイレを直した不可解な善行、大学のサークル部室での備品すり替え、外国人が多いアパートでの盗みといった小粒な出来事、あるいは殺人、各地のモニュメントに悪戯の細工をする愉快犯など、タイプの異なる事件が次々に語られる。作者は本の冒頭で全短編に叙述トリック使用と告げたうえ、謎を解いてみよと「読者への挑戦状」を叩きつける大胆な行動に出た。また、各事件のタイプは異なるものの全短編に登場する人物が一人存在し、一冊を通しての仕掛けも用意されている。

 プリンタやケーブルなどの周辺機器、トイレ、座席、駄菓子、軋み音など、他の人があまり興味を持たないもののマニアで、「別紙」という変わった姓を持つ探偵が、各話の謎を解く。一方、作者の事前の「挑戦状」には親切というか嫌味というか、推理のためのヒントまで書いてある。そのうえで私たちを騙すためにあの手この手を使い、悪辣なやり口も厭わないのだ。そこまでやるかと笑ってしまうほど、作者は「別紙」に似てマニアックに叙述トリックと取り組んでいる。読者は本書の後、他の普通の小説を読んでも素直に受けとれない体質に変わっている、かもしれない。

光文社 小説宝石
2018年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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