『真空管・オーディオ本当のはなし』発売記念:大橋慎+高山正憲インタビュー 人生も音も、「かくあるべし」というのは面白くない

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大橋慎の真空管・オーディオ本当のはなし

『大橋慎の真空管・オーディオ本当のはなし』

著者
立東舎 [編集]
出版社
立東舎
ISBN
9784845633043
発売日
2018/10/17
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

『真空管・オーディオ本当のはなし』発売記念:大橋慎+高山正憲インタビュー 人生も音も、「かくあるべし」というのは面白くない

[文] 立東舎

2018年10月に出版された書籍『大橋慎の真空管・オーディオ本当のはなし』(立東舎)は、CS放送のミュージックバードの人気番組「真空管・オーディオ大放談」のエッセンスをギュッと凝縮した1冊です。同番組は、真空管アンプの魅力や楽しみ方を実際に音を聴きながら楽しめるということで、これから真空管アンプを導入したいという初心者はもちろん、長年真空管アンプを楽しんできたベテランにも興味深い内容で、100回にも及ぶ放送から厳選されたトピックを収録した同書は、まさに「新しい真空管・オーディオの教科書」と呼ぶにふさわしい書籍です。番組のことや本書の成立の過程について、パーソナリティを務めるSUNVALLEY audioの大橋慎さん、そして番組準レギュラーの高山正憲さんにお話を伺いました。

「ユーザー目線」でオーディオの楽しさをシェア

———真空管の本は技術書が多かったりして、難しそうなイメージがあると思います。本書はそういった類書とどこがどう違うのかを、まずは教えてください。

大橋 この本はミュージックバードの「真空管・オーディオ大放談」という番組を元にして、それを再構成したものなんです。番組の大きな特徴としては、「ユーザー目線」ということが言えると思います。僕は開発者で、高山さんはお客様なんですけど、設計上の細かい話とか、測定上の数値なんかの話は抜きにして、聴いて良いか悪いか、楽しいか楽しくないかということを、放送を通じて音を聴きながらリスナーと共有しています。本書もその流れにあるので、まさに我々がオーディオを使う目線で、楽しいことを高山さんと2人で共有して、それを多くのファンとシェアすることを目的として編まれたものです。だから、今までの真空管本、オーディオ本とは全く違うと思います。「真空管・オーディオの新しい教科書」と帯にはありますが、決して技術書ではない。僕らは技術書を作る気は全然なかったし、話し言葉にしたかった。だからこの本は、真空管のことを全然知らない人でも、たぶんツルっと読める。すごく流れが良いですよね。そんなわけで、僕と高山さんのコラボレーションでしか生まれない本が出来上がったんだと思います。

———高山さんはそもそも、大橋さんとはどういうご関係なのでしょう?

大橋 高山さんは僕の古き友人なんですけど、最高のお客さんでもあります。お客さんって、通常は売ったり買ったりする商行為の相手のことを言うわけですけど、そうではなくて、SUNVALLEY audioのお客さんは売り買いを超えているんですよ。

高山 確かにみんな超えていますよね。

大橋 はい、みんな仲間なんです。そういう関係性で、僕たちはいわば同好の士。そういう人たちがたくさんいて、僕たちを支えてくれているのでSUNVALLEY audioを20年も続けることができた。オーディオなんて、業界的には過疎っているわけですよ。決して順風満帆な世界ではない。その中で、なぜ我々が毎年出荷台数を伸ばしていられるかというのは、仲間のおかげです。そして、その代表格が高山さんなんですよ。高山さんとは家族ぐるみのお付き合いをさせていただいているし、お互いの家にも行き来している。そんな高山さんがいなければ番組も本もなかったし、SUNVALLEY audioも続かなかった。それくらい僕にとっては大事な人です。触媒という言葉がありますけれど、僕の人生において忘れられない最高の触媒が高山さんなんです。

大橋慎氏
大橋慎氏

すべては仲間のために

———そんな高山さんはSUNVALLEY audioの製品とはどうやって出会ったんですか?

高山 ネットですね。10代のころは真空管のことで秋葉原に行ったりいろいろしていて、その後に社会人になって、そういった方面に頭が行く余裕が全く無くなった。それで40歳を超えたくらいにまた真空管を始めて、本格的にぶっこみ始めたのは45歳から。そんな中ネットで大橋さんのところを見つけて、「ちょっと危ないんだか危なくないんだか」っていう思いもしながらっていう(笑)。

大橋 うさんくさかった、と(笑)。始めた当初は完全に社内ベンチャーで、2003年までひとりでやっていたんです。いまは、あんなことは絶対にできない。濃密な数年間でしたね。そして、インターネットに参入したのが2002年6月で、そこから世界が変わりました。

高山 僕にとって大橋さんは、自分のオーディオをやるためのサポーターなんです。「音が悪くて悶々としています」なんてメールを送ると、東京方面に来た際には必ず寄ってくれる、とかね。

大橋 はい、往診いたしますよ。

高山 また、そういうことを大橋さんがやることでいろいろなところでいろいろな音を聴くわけで、逆に言えばそれが経験にもなっているでしょうし。

大橋 そうですね。だから、お互いに仲間なんですよ。

高山 お客さんであり、勉強させてもらう仲間なんです。そこが大きいと思いますね。でも、大橋さんのところの「音そのもの」が悪かったら、そんなに皆さん注目もされないだろうし、会社が20年も続かないと思うんです。だから基本的な大橋さんの耳の良さ、音作りの感性が素晴らしい、そういうことだとは思いますね。

———音が良い上に、お客さんへのケアが厚い。素晴らしいですね。

高山 もちろんメールのやりとりだけの方もいらっしゃるでしょうし、そこから本当に仲良くなる方もいる。そういう幅があるのは当然ですよね。僕の場合は、大橋さんのお宅にまでお邪魔させていただいて、TANNOYのAutographを聴かせてもらったりということもさせていただいて(笑)。

大橋 僕の自宅は「第二試聴室」と呼ばれていて、お客さんがガンガン来るんです。

高山 それで、「ああ、こんな音を家で聴けるなら良いなぁ」と思って、大橋さんにお願いしてスピーカーを探してもらったりもしています。縁があって、そのスピーカーがいま家にあるんですけど。

大橋 仲間のためですから、スピーカー探しでもなんでもやりますよ。

大橋氏の自宅リスニングルーム(通称「第二試聴室」)
大橋氏の自宅リスニングルーム(通称「第二試聴室」)

SUNVALLEY audio製品がずらりと並ぶ高山氏のリスニングルーム
SUNVALLEY audio製品がずらりと並ぶ高山氏のリスニングルーム

難しくなくさらっと読めるのが本書の魅力

———今回、番組の内容が書籍という形になったわけですが、ご感想はいかがですか?

高山 難しくなくて、さらっと読めるのが良かったですね。最初に基礎知識編がありますけれど、これは「真空管アンプをやるんだったら、最低でもこれくらいのことは知っている方がより楽しいですよ」っていう内容ですね。良い音を鳴らすための、本当の基礎知識だと思うんです。それを踏まえた上で、実際の放送の雰囲気もきちんと出ているので、すごく面白かった。対談部分も、お相手は大橋さんとかかわりのある方々ですから、その部分が凝縮されているのも良いなと思っています。

大橋 この本は、僕が書いているわけではないので、読み手として読んだわけですけど、すごく良かったです。じゃあ何が良かったかというと、音やオーディオを語っていながら、「人」を語っているところですね。高山さん、平間至さん、鈴木裕さん、渡辺玲子さん、それぞれの登場人物の「人」が出ている。だから読んでいて楽しいんですね。これが無味乾燥な技術書であったりすると、退屈じゃないですか? でもこの本は、音楽やオーディオというものに対して向かう人の思いを伝えている。しかも知識編、実践編、対話篇という3章立てのバランスが良くて、良い感じにまとめていただいたな、と思います。メリハリがあって、平板さがない。

高山 そこが良いですよね。

大橋 なおかつ、人柄が出ている。しかも、みんな飾っていないじゃない? 誰も格好をつけていない。

高山 やっぱり、それが一番ですよ。

大橋 全然嘘くさくないんだよね。

———では、あらためて真空管の魅力を教えてください。

高山 私の場合は、人肌あったかい音。要するに人間味のある音ですね。だから、もう真空管じゃないとダメなんです。いくらトランジスタとかICが進化して性能が良くなっても、現行で発売されているアンプ類に関しては、真空管アンプくらいナチュラルさを出しているものはないんじゃないかな。たとえば高域をちょっときらびやかに光らせている音とか、「サシスセソ」を強く聴かせるようなアンプは世の中にあるのかもしれませんけれど、あくまでもトータルバランスの自然さを出すためには、真空管という素子が一番だと思うんです。その温かさが好きで、ドコドコドコドコ熱くなって、趣味に走っているわけです(笑)。

大橋 高山さんは邁進していますね。

高山 ボーカルだったら、ポンとそこに人がいるような音。金管バンドだったり吹奏楽、オケだったら全体像が目の前に広がるような音……自分の眼の前に、さもそれがあるような音が欲しいよねとなると、真空管しか選択肢がない。逆にいうと、真空管アンプを使うことでそこに一番近づいていける。そんな中で、いろいろなメーカーさんのアンプを聴いたりもしたんですけど、やっぱり大橋さんの良いと思われている音作りが、すごく肌に合う。金額的なところもリーズナブルですし。その音を、自分なりにチューニングして目指しています。それで、今の自分の音があるんだと思います。

高山正憲氏
高山正憲氏

十人十色なのが真空管アンプの良いところ

———大橋さんにとっては、真空管の魅力はどこにありますか?

大橋 僕は、真空管アンプは「楽器」だと思っているんです。つまり楽器というのは、弾く人が代われば当然音が変わる。あるいは弾く場所、小さなライブハウスと2,000人のホールでは、当然、弾き方も表現も全部違う。まさに「音は人なり」で、オーディオ機器自体は単なる機器であって、鳴らすのは「人」なんです。いろいろなお客さんのところに行って思うのは、皆さん、どこに行ってもその人の音が出ているということ。同じアンプが10台あったとしても、ひとつとして同じ音はしていない。その人の人生そのもの、音楽に対する思い自体が音になっているわけで、そこが素晴らしい。こんなことは、真空管アンプ以外にはあり得ないんです。

高山 半導体アンプで、それはないですよね。

大橋 半導体アンプの時代になって、個性がないこと、原音に対して忠実であることがよしとされてきたわけです。そしてそれに対して人間は、非常に窮屈な思いをしてきた。だから「もっと自由に、楽器を弾くようにオーディオを鳴らそうよ」というのが、僕の主張なんです。オーディオは、それくらい自由なものだと思います。人間もオーディオもそうだけど、0点のものなんてひとつもない。でも、100点のものもひとつもない。みんな良いところがあるから、それを引き出してあげる。だから減点法ではなく、全部が加点法なんです。そんなオーディオは真空管でしかないし、みんながハッピーになれる能動的なデバイスなんだと思います。

———とはいえ、創業時の20年前の状況を考えると「真空管、キット、通信販売」というビジネスモデルを選ばれたのは、大英断ですよね。

大橋 よく逆張りなんて言われたりもしますけど、僕にとってはそんなことは関係なかったんです。僕は、この仕事をやりたくてしかたがなかった。つまりそれは、僕自身の自己表現だったのかもしれません。「ものを売りたい」というよりも、「音楽に対する思いや音に対する思いを誰かと共有したい」という渇きみたいなものが、自然とこっちに向かわせたんだと思います。それで気づいたら、仲間が何千人ものチームになっていた。そのひとつの究極の形が、今回の本なんですね。だから高山さんがしゃべっていることは、高山正憲がひとりでしゃべっているわけではない。高山さんは、何千人、何万人というお客さんの代表なんです。そういう感じで、僕はいつも高山さんと向かい合っているんです。

———SUNVALLEY audioを取り巻くコミュニティが、番組と書籍で可視化されているような感じなんですね。

大橋 はい。私という人間がいて、何千人か何万人かのお客さんがいて、そのコミュニケーションを凝縮したものがこのミュージックバードのスタジオにある。そして、それが書籍になった。だからこの本は、僕にとってもものすごく大事なものなんです。

———では最後に、本書をこれから読んでみたいという方にメッセージをお願いいたします。

高山 オーディオの趣味って楽しいし、良いショップの方たちと巡り合って発展させていくのも楽しいし、自分も成長できる。だから放送も聴いていただきたいですけど、本を読んでいただいて、そういった真空管・オーディオの楽しさに入ってほしいなって思います。

大橋 オーディオって結構教条的で、「こうでなければならない」ということが多いんですね。でもオーディオは自由で楽しい、第一人称の趣味なんだということが、この本を通じて多くの方と共有されるのが僕らの究極の願いです。人生も音も、ありとあらゆることがそうなんですけど、「かくあるべし」というのは面白くない。もっと自分を大事にして、自分がやりたいように生きて、鳴らしたいように鳴らす。それを自分で受け入れて楽しむ。可変パラメーターの一番多い真空管アンプの楽しさを通じて、こういったことを多くの方とシェアをしたいですね。そのためには、教条的ではないこういう本が、格好のガイドブックになるんだろうと思います。ですからまずは、読んでみてください。そこから、なにか見えてくることが必ずあるはずです。それを大事にしていただきたいですね。

立東舎
2018年11月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

立東舎

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