『U & I』 ニコルソン・ベイカー著

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4
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U & I

『U & I』

著者
ニコルソン・ベイカー [著]/有好 宏文 [訳]
出版社
白水社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784560096499
発売日
2018/09/28
価格
2,592円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『U & I』 ニコルソン・ベイカー著

[レビュアー] 尾崎真理子(読売新聞本社編集委員)

「読まず語り」アップダイク

 1989年にバーセルミが亡くなった時、32歳だった著者はJ・アップダイクがナボコフに捧(ささ)げた追悼に匹敵する一文を書きたかった。

 が、思いは別の方向へ向かう。20世紀アメリカを体現した大作家〈アップダイクに関する強迫観念について本をまるまる一冊書く〉。著者にとって彼=「U」こそ信奉する作家でライバル。死ぬまで待てない、と気づいたわけだ。

 とはいえ無謀だった。読み通していたのは『農場』『走れウサギ』など、全著作中わずか8冊。記憶にあるフレーズは多くても、たいてい覚え間違っている。「読まず語り」とか「記憶批評」と言いつつ、書きながらかなり読んだはず(うろ覚えの引用後の〔 〕には正確な原文が収まる)。それに『中二階』や『もしもし』で、ささいな出来事を冗舌に語って時を止める技量で知られる著者は、繊細で知的な批評眼の持ち主。文豪ゆえに陥る自己反復、自己模倣もぐさりと指摘している。〈かつて自分で使った言葉の排水枡が富栄養化した感覚は、それこそまさに広大な死の海〉だと。

 アップダイク自身、かつてメルヴィルらにそれを指摘したらしい。この著者にも模倣の問題はすぐ跳ね返ってくる。気の利いたフレーズを思いついてもたいてい使用済み。「U」を読み込んだからこそ、そういうことになる。無力感から夢にうなされる。〈いつも、いつも、正しいのは結局アップダイクのほうだ〉……。

 本国で91年に本書が出版されると、自戒のこもった文豪自身らしき匿名書評が出た。2009年、76歳でアップダイクが死去すると、直後のベイカーは追悼どころか「ただ悲しい」としか答えられなかったという。でも、とにかく「U」と「I」の読者としては、若島正編訳のエッセー傑作選『アップダイクと私』(13年)に続いて、約30年を経た原書の邦訳がかなってうれしい。

 〈あまりに本気であることに圧倒された〉という、有好宏文氏の訳文も脚注も熱い。

 ◇Nicholson Baker=1957年生まれ。米国新聞保管所の設立経緯を描いた著作で全米批評家協会賞受賞。

 白水社 2400円

読売新聞
2018年10月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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