バー・リバーサイドの世界
[レビュアー] 北田博充(二子玉川蔦屋家電 BOOKコンシェルジュ)
本当に美しいものを見ると無心になれる。そしてその美しさには二種類ある。目も眩むような煌びやかな美しさと、異なるものが混ざり合ってできる一種独特な美しさだ。煌びやかな美しさはどこか嘘っぽく、偽物の匂いがするからあまり好きではない。本来、人間は醜くてみっともない生きものだ。その醜さを内包してこそ本当の美しさだと思う。
前置きが長くなったが、吉村喜彦さんの「バー・リバーサイド」は本当の美しさを孕んだ小説だ。まず、この小説の舞台となるバーが川沿いにあるところがいい。河原は大昔から聖なるものと賤なるものが混在する場所だった。芸能が生まれた場所でもあり、罪人が処刑される場所でもあった。お酒も同様で、人を幸せにすることもあれば、不幸にすることもある。その両価性にこそ美しさが宿る。人間が持つ生々しいアンビバレントな美しさ。そして、此の世と彼の世、幸福と不幸、男と女、人間と動物―。相反すると思われているそれらの「あわい」に揺らめく美しさを、吉村さんは優しい眼差しで丁寧に掬い取る。
バー・リバーサイドを訪れる客もまた、何かと何かの狭間で揺れ動いている。人生の岐路に立たされていたり、苦悩に苛まれている登場人物たちを見ていると、なぜだか愛おしい感情が心の奥底からゆるゆると立ちのぼり、他人事ではないような気持ちになる。
最新作『酒の神さまバー・リバーサイド3』では、女性タクシー・ドライバーのアッコが主人公の「サザン・バード」がもっとも印象的だった。アッコが勤務中に、長旅の途上で道に迷ったレース鳩を拾い、「ひょっとして、わたしもどこかで道を間違えたのかもしれない……」と気付く場面に胸を打たれた。私自身も自分の居場所についてずっと思い悩んできたから、アッコの決断には大いに励まされた。
悩みのない人間はそうそういないし、悩みのない人間は悩みがないことを悩んでいたりするものだ。「バー・リバーサイド」が多くの読者から支持されているのは、登場人物に自分自身を重ね合わせ、日常生活で磨り減った心を再生できるからではないだろうか。
私が抱える目下の悩みは、本屋としての未熟さだ。本屋は本を介して人と人とが出会う場所で、バーがお酒を介して人と人とが出会う場所であることと似ている。私はバー・リバーサイドのマスターである川原草太や、バーテンダーの琉平のように、お客さんを進むべき道に導くことはできないかもしれないが、常に真心を込めて本を手渡すことで、お客さんのお役に立ちたいと切望している。まずは吉村さんの新作、『酒の神さまバー・リバーサイド3』を二子玉川のお客さんに手渡さなければならない。醜いことの美しさや、悩み苦しむことの幸せや、不確かなことの確かさを、地道に伝えていかなければならない。読んですぐに効能があるわけではないだろうが、それこそお酒が時間をかけて熟成するように、ゆっくりゆっくり読者の心を溶かしてほしいと願っている。