【ニューエンタメ書評】誉田龍一『日本一の商人』乙野四方字『ミウ ‐skeleton in the closet‐』ほか

レビュー

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  • 日本一の商人 茜屋清兵衛奮闘記
  • 疾風の土佐
  • ベルリンは晴れているか
  • 絵里奈の消滅
  • ミウ -skeleton in the closet-

書籍情報:版元ドットコム

ニューエンタメ書評

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

 歴史・時代小説家が結成した「操觚の会」という団体がある。その会のイベントのゲストとなり、九月二十一日、新宿の「ライブワイヤー」という店で、二時間ほどベラベラ喋ってきた。書評家の仕事、新人賞の下読みの実態、歴史・時代小説の現状と未来が、主な話題である。内容をほとんど決めずに行ったのだが、特に詰まるようなこともなく、最後までテンション高めで語ることができた。それは司会をしてくれた、誉田龍一さんのお陰である。適度に話を振り、こちらが脱線しそうになると引き戻す。ずいぶん気配りの細やかな人だと、後になって感心した。おそらく、現時点で何がもっとも求められているのか、瞬時に理解できるのだろう。そんな作家だからこそ、『日本一の商人 茜屋清兵衛奮闘記』(角川文庫)のような作品が書けたといっていい。

 大坂の大店で修行していた清兵衛は、いきなり実家に呼び戻される。だが、堺にある縮緬問屋「茜屋」は、潰れる寸前である。遊び人の父親・左之助の、二十年にわたる放漫経営が祟ってのことだ。しかも家には、左之助が他所で作った妹のお絹が、ちゃっかり暮らしていた。あれこれあって調子を崩した母親が、切羽詰まって清兵衛を頼ったのだ。

 しかたなく「茜屋」の三代目を引き受けた清兵衛。だが店の状況は、想像以上に悪い。ほとんど商品はなく、雇人たちはだらけている。掃除を手始めに店を変えようとする清兵衛だが、仕入れの金もない。やっと金を借りて、商売が回り出す。ところが借金のカタが原因で、清兵衛と「茜屋」は、絶体絶命の窮地に陥るのだった。

 清兵衛の商売の方法は、奇を衒ったところがない。アイディアを出すこともあるが、基本的に正攻法だ。ダメダメな父親や、気ままな妹に悩まされながら、なぜか話すことのできる亡き祖父の幽霊(?)のアドバイスを受け、地道に働いていく。人と真面目に向き合う清兵衛の努力があるからこそ、窮地に陥ってからの逆転劇が際立つのだ。

 また作中の、「黙ってたら売れるなんてもんは世の中に無い。ええか、どんなにええもんでも人様が知らんかったら、無いんと同じや」というセリフは、現在の出版業界に対する、作者の叫びでもあろう。作者はS?N?Sで積極的に自著の宣伝をしているが、そうした姿勢が清兵衛に重なるのである。自分を託した主人公だから、これほど熱く描くことができたのではなかろうか。

 武内涼の『はぐれ馬借 疾風の土佐』(集英社文庫)は、源義経から諸国往来御免の過書を与えられ、全国を股にかけて荷物を運ぶ“はぐれ馬借”の活躍を描く、痛快シリーズの第二弾だ。主人公は前作で、はぐれ馬借に加わった獅子若。身の丈六尺強の体躯と凛々しい顔立ちの青年で、印地打ち(石投げ)の達人である。今回、土佐へと向かったはぐれ馬借たちは、攫われた息子を探す雲水の昌雲と知り合う。しかし昌雲を連れて足を踏み入れた土佐は、波乱の地であった。仕事を引き受けたはぐれ馬借たちだが、かつて印地打ちで獅子若に負けた凶賊・猿ノ蔵人が、仲間と共に彼らを襲う。さらに過書を狙う悪徳代官も絡まり、彼らは壮絶な戦いに身を投じるのであった。

 前作も面白かったが、本書はそれを上回る。おそらくシリーズの核となる魅力を、がっしりと掴んだからだろう。それは何か。本の帯にも謳われている「室町ウェスタン」である。弓は武士の武器であるため、この時代の庶民が使える飛び道具は石礫だけ。そこに注目した作者は、印地打ちによる戦いを、西部劇のガンマンの勝負のように表現する。これが楽しい。馬を駆使する場面も同様だ。悪に立ち向かい、仕事は遂行する、はぐれ馬借の躍動に胸が弾む。武内流室町ウェスタンの、さらなる展開を期待したい。

 時代小説の次はミステリーだ。深緑野分の『ベルリンは晴れているか』(筑摩書房)は、第二次世界大戦が終わった直後のベルリンを舞台にした歴史ミステリーである。主人公のアウグステ・ニッケルは、アメリカ軍の兵員食堂で働くドイツ人の少女。ある日、ソ連のN?K?V?D(内務人民委員部)のドブリギン大尉から、音楽家のクリストフ・ローレンツが、毒入り歯磨き粉で殺されたことを知らされる。ローレンツ夫妻は、戦中に潜伏者を匿う地下活動をしており、アウグステも世話になっていた。ドブリギン大尉の命令により、元俳優のユダヤ人だというファイビッシュ・カフカと共に彼女は、事件の容疑者と目されるローレンツの甥を捜すため、旅に出るのであった。

 深緑作品の特色として、変わってしまった世界を舞台にしていることが挙げられる。本書もそうだ。ドイツの敗北により連合軍に占拠された戦後のベルリンは、まさに変わってしまった世界なのである。しかしアウグステは、それ以前にも、変わってしまった世界を体験していた。幕間で描かれる、ヒトラーの台頭した時代のドイツである。彼女は短い人生の中で、二度も変わってしまった世界に身を浸したのだ。

 そんなアウグステの旅は、戦後ドイツの悲惨な諸相が凝縮された、地獄巡りの様相を呈する。作者がもっとも書きたかった部分だろう。そこにカフカを始めとする多彩な人々の人生や感情が絡まり、物語は大きくうねりながら、事件の真相へと向かっていくのだ。犯人の正体は意外だが、それ以上に、ヒロインのこれからが気になってならない。

 なお本書のタイトルは、パリ解放直前にヒトラーがいったという「パリは燃えているか」を意識したものだろう。ヒトラーの愚行の果てに現れた、戦後ドイツの地獄。その先にある希望と、アウグステの未来が、このタイトルに託されていると思えてならない。

 香納諒一の『絵里奈の消滅』(P?H?P研究所)は、オーソドックスなハードボイルドだ。勘違いのないよういっておくが、オーソドックスは誉め言葉である。現代の日本でハードボイルドを、リアリティを湛えて描くのは、かなり難しい。それを作者は実現した。

 元新宿署の刑事で、今は私立探偵の主人公鬼束啓一郎。かつて彼が逮捕した男が死んだ。その前日に鬼束に連絡があったようだが、内容は不明だ。とりあえず調べ始めたところ、行方不明になった娘の絵里奈のことを捜してほしかったらしい。依頼人もないまま行動を続ける鬼束は、複雑な事件の渦中に踏み込んでいくことになる。

 関係者に会い、手掛かりを掴む。これを繰り返しながら進行するストーリーは、しかし単調になることがない。次々と明らかになる事実と、予想外の展開(かなり早い段階で、ある人物が登場することに驚いた)によって、ページを繰る手が止まらないのだ。時には暴力も辞さない主人公の造形もいい。タイトルの意味が解る苦いラストまで、一気読みの面白さ。これぞハードボイルドである。

 乙野四方字の『ミウ ‐skeleton in the closet‐』(講談社タイガ)もミステリーだが、ちょっと読み味が変わっている。大手出版社に内定を貰い、暇になったので、実家に帰った池境千弦。中学時代の卒業文集を手にした彼女は、田中奈美子という記憶にない元同級生の文章に書かれた、学校でいじめを受けていた人たちの交換ノートのようなものに興味を惹かれる。それを捜し出そうと動き始めた千弦だが、意外な出来事が続き、ついには殺人事件まで発生するのだった。

 次がどうなるのか分からないストーリーは、関係者一同が集合した謎解き場面へと収斂していく。その意味では典型的なミステリーだ。しかし作者の狙いは、そこではないように感じられる。創作者たることを渇望しながら、互いに足りないものを抱えたふたりの女性の、歪んだ関係こそが、書きたかったのではなかろうか。中華料理のつもりで食べたら、フランス料理だったとでもいえばいいのか、とても美味しいのだけど、読後にモヤモヤしたものが残った。とはいえ作者は曲者の乙野四方字だ。そこまで計算して物語を構築した可能性もある。だったら凄いことである。

 最後は、加茂セイの『ダンジョン・シェルパ 迷宮道先案内人 1』(講談社)を取り上げよう。新たに創刊された、ネット小説の商業出版レーベル“レジェンドノベルス”の一冊だ。創刊ラインナップを見ていると、ネット小説の流行りのラインを押さえながら、比較的硬派な作品を出そうという方針が窺える。異世界のダンジョンを舞台にした本書も、そのような物語だ。

 ダンジョン・シェルパとは、迷宮の探索と攻略を目指す冒険者たちのサポートをする仕事である。若いながらも凄腕のシェルパであるロウは、王都で名を馳せる勇者パーティー“宵闇の剣”と契約。幼い妹を強欲な親戚に預け、ダンジョンの未到達階に挑むことになる。

 ダンジョン、魔法、スキルといった要素は、よくあるゲーム的なファンタジー世界のものといっていい。だがストーリーは、なかなかハードである。シビアな人間関係、勇者パーティーの一員との不協和音、危険に満ちた魔物との戦い……。途中で予想外の出来事が起こり、少し物語の雰囲気が変わるのだが、緊張感は最後まで持続する。歯ごたえのあるファンタジーなのだ。

 まだ本書しか読んでいないが、こうした硬派路線は大歓迎である。他のネット小説のレーベルから出ないような良作を、ぜひとも出版してもらいたい。個人的には、丘野境界の『ガストノーセン五日間の旅』、山彦八里の『刃金の翼』『メタンダイバー』、きー子の『亡国の剣姫』、ふじやまの『帝国の滅ぼし方(あるいは、大学院生・宮嶋小夜子の研究発表)』、相川イナホの『塔の上の悪役令嬢』などが本になれば、泣いて喜ぶ。──と、自分の欲望をダダ漏れにしたところで、今月の書評は終わりである。

角川春樹事務所 ランティエ
2018年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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