いじめられっ子と不良青年が目指す“インチキじゃねえ”小説
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
いじめられっ子の中学生が、読み書きができない不良青年とコンビを組んで作家を目指す。久保寺健彦の七年ぶりの新刊は、小説を読みたい人も書きたい人もワクワクさせてくれる物語だ。
田中康夫の『なんとなく、クリスタル』がベストセラーになっていた一九八〇年代の東京。中学二年生の一真(かずま)は、同級生に強要されて、駄菓子屋で万引きをする。しかし店主の孫でヤクザを半殺しにしたという噂がある登に捕まってしまう。万引きを見逃す代わりに出された条件は、本を朗読することだった。登は当時まだ存在が認知されていなかった読字障害(ディスレクシア)を抱えていたが想像力は豊かで、一真の協力を得て小説を書こうとする。古今東西の名作を研究したふたりは、倉田健人(けんと)というペンネームで覆面作家としてデビューを果たすが……。
登は芥川龍之介の「羅生門」の結末を聞いて〈龍之介がてめえで書いたんだから、なんでもお見通しのはずだ。だれも知らねえとか言ってっけど、龍之介だけは知らねえとおかしい〉とツッコミを入れる。文字を認識できないゆえに余計な先入観も持たない感想は新鮮だ。登のアイデアをうまく文章にできなかった一真は、記述力を身につけるために〈再現クイズ〉を思いつく。朗読した作品の一場面を記憶だけを頼りに書くというものだ。ゲームとして楽しく、訓練方法としても優れていて、自分でも試してみたくなる。一真に対しては優しいが、何かの拍子に〈瞳の明度が急に落ち〉るという登の危うい造形も秀逸だ。
一真と登はサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』に魅了され〈インチキじゃねえ小説、書こうぜ〉と誓う。まるで接点のなかった二人の人間が、同じ夢へ向かって疾走する。小説の力は強い。彼らの冒険の着地点は切ないけれど、最後の一文にたどりついた瞬間、まだ終わりじゃない、これからだという気持ちがわいてくる。