国民的歌人「牧水」の名を冠する賞に相応しい穂村弘の17年ぶり歌集〈トヨザキ社長のヤツザキ文学賞〉

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水中翼船炎上中

『水中翼船炎上中』

著者
穂村, 弘, 1962-
出版社
講談社
ISBN
9784062210560
価格
2,530円(税込)

書籍情報:openBD

国民的歌人「牧水」の名を冠する賞に相応しい穂村弘の17年ぶり歌集

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 エッセイストとしても大変な人気を誇る歌人・穂村弘が、十七年ぶりに刊行した歌集『水中翼船炎上中』で、第二十三回若山牧水賞を受賞しました。牧水(一八八五~一九二八年)といえば、旅と酒と自然を愛した、〈白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ〉などの作で知られる歌人です。

 同賞は「国民的歌人『若山牧水』(宮崎県日向市東郷町出身)の業績を永く顕彰するため、短歌文学の分野で傑出した功績を挙げた者に賞を贈ることによって、我が国の短歌文学の発展に寄与するとともに、心豊かな文化意識の高揚と宮崎県のイメージアップを図る」目的で、宮崎県などの主催によって一九九六年に設立。

 賞の対象となるのは前年の十月一日から当年九月三十日の一年間に刊行された歌集及び若山牧水論の著者で、全国の有力歌人にアンケートを行い、その結果を参考にしつつ、四名からなる選考委員の審査によって受賞作が決定するというシステムになっています。

 佐佐木幸綱(第二回)、福島泰樹(第四回)、水原紫苑(第十回)、俵万智(第十一回)といったあたりが、短歌にうといわたしでも知っている歴代受賞者。そのお歴々と比べて、ネームバリューでも遜色ないのが穂村弘といえましょう。

 俵万智たちが推し進めたライト・ヴァース的な短歌の延長線上にある、一九九○年代に興ったニューウェーヴ短歌運動の旗手。九○年に刊行された第一歌集『シンジケート』は作家の高橋源一郎などから絶賛され、不肖トヨザキも即購読して、短歌のことをよく知りもしないのに、「自分たちの世代の歌が生まれたのだなあ」なんてことを思ったのを覚えております。

 受賞作『水中翼船炎上中』は、昭和から現在へと至る作者自身の記憶をたった三十一文字に託すことで、豊かなイマジネーションを生み出す素晴らしい一冊です。収録されているのは三百二十八首。昭和の終焉を〈天皇は死んでゆきたりさいごまで贔屓の力士をあかすことなく〉という歌で表現するなど、身近な題材を扱いながら遠くまで思考が広がる、短歌初心者にも開かれた歌集になっています。

新潮社 週刊新潮
2018年11月15日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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