人生を変えてくれたのは、人間ではない何かでした――。不思議でほんのり切ない青春短篇集。【刊行記念インタビュー】

インタビュー

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【刊行記念インタビュー】『まれびとパレード』越谷オサム


不漁に喘ぐ港町で両親が営む食堂を手伝うミナミ。高校生のころ淡い恋心を抱いていた先輩が海難事故で行方不明になって一年、海に土気色のサーファーが現れた! 四篇にわたって〈人外〉との邂逅を描いた越谷オサムさんにお話を伺いました。

ゾンビがサーフィン!?

――『まれびとパレード』には四つの作品が収録されています。四つには共通した要素がありますが、そもそもこのシリーズをお書きになろうと思われたのはなぜでしょう。

越谷 二〇一五年の新年会だったかその前の年の忘年会だったか忘れましたけど、「文芸カドカワ」の先代の編集長と、先代の担当編集者が東銀座のちゃんこ屋で一席設けてくれたんです。何か書きなさいよと言われて、でもそのときは手持ちがなかった。
 お酒も入り雑談になって、先代の編集長とジーザス&メリー・チェイン――一九八〇年代のシューゲイザー・バンドの代表格ですね――の話になったんです。若い担当(編集者)さんが、どういうバンドなんですかと聞いてきて、編集長が「ゾンビがサーフィンしてるみたいな、怒濤のなかで時折美しいメロディが聞こえるようなロック」と説明したんですよ。そのとき「ゾンビがサーフィンしてるみたいな」という言葉にピンときて、「“Surfin’ Of The Dead”ですね」と返した。それがきっかけですね。

――それが最初に収録されている「Surfin’ Of The Dead(邦題:サーフィン・ゾンビ)」になったわけですか。

越谷 ええ。ゾンビとサーフィンという組み合わせでイメージが湧いたんです。ゾンビといっても海だから、塩水に洗われてそんなにおどろおどろしくはならないだろう。それでまず一作書いて、そのタイミングで「文芸カドカワ」の現編集長に「人外で一冊書くのもいいですね」と言われたのがこの本のきっかけですね。

――なるほど。“Surfin’ Of The Dead”はジョージ・A・ロメロ監督のゾンビ映画の元祖、『ゾンビ(Dawn of the Dead)』からだと思うんですが、「(邦題:サーフィン・ゾンビ)」をつけたのはなぜでしょう。

越谷 僕ら八〇年代の音楽で育った子には、だっさい邦題がつくのがお約束。ホイットニー・ヒューストンの「すてきなSome body」とか。ロックならAC/DCの「悪魔の招待状」や、Kissの「地獄の回想」とか。最近の曲には邦題がつきませんけど、あの文化を絶やしたらいかん、と。

――舞台となっている“ロメロヶ浜”はジョージ・A・ロメロ監督からとった名前ですよね。場所のモデルはあるんですか。

越谷 ないですね。その名前の時点でモデルはないとわかってほしい(笑)。せっかくだからどこかの海に取材に行こうと思ったんですが、原稿を書いていたのが真冬だったんです。暖かくなったら、と思っているうちに書き終えてしまって。その代わりその後に書いた『房総グランオテル』で思い切り潮風を浴びてきましたけど。

――そもそもゾンビものはお好きなんですか?

越谷 実は苦手なんです。元は人間だったのに、と思うとその背景が怖いし悲しい。受け付けないですね。でも、受け付けないがゆえに、まったく違うゾンビを書いてみたいと思いました。もともと人間なんだから、ゾンビになっても人間なんじゃないかと思う。

――高校時代の元カノの視点で、ゾンビになって帰ってきたサーファーを描く。越谷さんらしい、優しいゾンビです。続く「弟のデート」は一転して日本古来の妖怪、座敷わらしですね。

越谷 しゃべらないヒロインを書きたかったんです。実際は、紗良っていう「弟」のお姉ちゃんが主人公ですけど、重要な人物の魅力をしゃべらせないでどこまで書けるか。『いとみち』は無口な少女が主人公でしたけど。

――無口から一歩進めて無言ですか(笑)。実は私も『いとみち』を連想しました。座敷わらしは東北地方に伝承しているので、東北つながりもあるのかなと。話を戻すと、紗良が帰ってきて、不登校の弟のほかに十二、三歳の見知らぬ女の子を見つけます。“赤い絣の着物を着て、山吹色の帯を締めている”。まさに正しい座敷わらしですね。

越谷 座敷わらしって、僕が小学生のときに読んだ妖怪の本でも、すでに失われつつある古い文化のように書かれていましたけど、それから四十年くらいたってもあいかわらず語り継がれている。わりとしぶとく生きていくのかな、と。

――一方、姉弟は当然、現代っ子なので、弟が座敷わらしにスマホ・ゲームのやり方を教えてあげたりするんですよね。

越谷 姉が紗良で弟が健人。西洋人っぽい名前にしたのは現代だからです。彼らは家を建て替えるから古ぼけた一戸建てに仮住まいしてるんですけど、新しい家はきっと欧米風の現代建築なんでしょうね。現代の中学生と高校生に、日本土着の座敷わらしを当ててみたかった。

――日本土着というか、伝統的な遊びとして回り将棋が出てきますね。あれは実際にあるんですか。

越谷 あります。全国あちこちでやっているみたいで、うちでもやってました。地味なゲームなんですけど、家族の団らん的なイメージなんです。「弟のデート」の場合、母親がいなくて、父親が仕事でなかなか帰って来られないという家で、座敷わらしを交えてやる。妹っぽい感じを出したかった。

――ラストで将棋の駒が効いてきますね。

越谷 あれは“音”を使いたかったんです。

――「弟のデート」は座敷わらしがしゃべらない代わりに音が印象的です。前半でも“タタタ……”“歩幅の狭い、体重の軽そうな足音”と姿を見せない座敷わらしの存在が暗示されます。一方、「Surfin’ Of The Dead(邦題:サーフィン・ゾンビ)」では潮の香りなどの匂いが心に残りました。

越谷 五感はつねに書きたいですね。すっとその世界に入れるのが小説の楽しみで、音、匂い、空気の肌触りはそのための重要な要素だと思います。いま、年齢的にもそういうディテールが書けるときだと思う。これから体力がなくなってくると、こういう描写がおっくうになるかもしれないので、書けるうちに書いておきたいですね。

刀と鍔に彫られたもの

――続く三作目は「泥侍」です。

越谷 “泥田坊”という、私が小学生の頃からのアイドル妖怪ですね。作中にも出てくる水木しげるさんの『妖怪なんでも入門』に登場します。でも、見開きで紹介されるようなスター級の妖怪ではなくて、二分の一ページくらいの扱い。もともと持っていた土地を子孫に売られてしまった怨みで蘇ってくる。その恐ろしさと悲しさとが子ども心にすごく心に残っていて。

――出てくるだけなんですか。

越谷 出てきて「田んぼを返せ!」って言うだけなんで。無視しようと思えば無視できる(笑)。

――いかにも二分の一ページっぽい存在ですね。でも書きたかったんですよね。

越谷 有名じゃないから書くうえで制約が少ないってことはありますよね。実際は外見がもっと不気味で怖いという話もあるんですけど、あまり知られていないのをいいことにスルーしました。そこまでホラーに寄せる必要はないだろうと。ゾンビと同じで、もともと人間だったんだから、という考え方です。

――アスファルトが剥がされたからやっと出てこられたという設定も、いかにも現代的です。

越谷 アスファルトを破壊するまでの力はない(笑)。

――たしかに(笑)。主人公は市役所に勤める若手公務員の大宇巨青空。泥田坊の“発見者”ですが、ちょっと抜けたところのある人物ですね。

越谷 「田を返せエエェェェ……」と言われて、わーびっくり、と受け入れられるのはぼんやりしてるんじゃないかと。切れ者だったら、何も見てないと思い込むか、疲れてるのかな、で終わってしまう。

――侍が登場するだけに、日本刀が出てきます。詳しく描写されていますが、取材されたんですか。

越谷 そうですね。本を読んで、博物館へ行って、コレクションしている人に触らせてもらいました。手にすると、切りつけてみたくなる。妙な万能感がありますね。

――ちょっと怖いですね(笑)。

越谷 触ってから書くのと、調べただけで書くのとでは何かが変わってくると思うんですよ。刀身にお釈迦様が、鍔に象と獅子が彫ってあると書いたんですが、象と獅子は普賢菩薩と文殊菩薩が乗っている動物。そして普賢菩薩と文殊菩薩はお釈迦様と三尊像を組んでいる。こんなとんちきな話に、こんな教養が込められているとは、という(笑)。

――そのくだりは気になりました。でもとくに本文に説明がなかったですよね。

越谷 あえて説明しないのが“文化”ってものなんです!

――なるほど。勉強になります(笑)。越谷さんは、小説のために自分でやってみたり、その場所に行かれたりするんですよね。『いとみち』では津軽三味線を習ったとか。

越谷 三味線は十年目になりましたね。

――続けられているそうですね。

越谷 やめるきっかけもなく。やめてしまうと社会との接点がなくなってしまう。そういう職業なので。

――気分転換になるとか?

越谷 原稿の合間に気分転換してるのか、気分転換の合間に原稿を書いているのか……。使っている脳みそが違う感じですね。その新鮮さ、楽しさはあると思います。
 気分転換といえば、一番は取材旅行ですね。仕事でありながら仕事じゃない。編集者さんにご同行願ったことは一回もないんですが、一緒に行ったら絶対キレられると思います。朝から晩までうろついてますし、パッと行き先を変えてしまったりする。気まぐれなんです。ふだんパソコンの前で固まっている仕事なので、取材旅行中はずっと脳みそが働いている感じがあって楽しいです。

『見仏記』が教えてくれた

――最後の一作は「ジャッキーズの夜ふかし」。奈良の興福寺東金堂が舞台です。千二百年間、四天王に踏まれっぱなしの邪鬼が夜のしじまの中を“外出”するお話。奈良にも行かれたんですよね。

越谷 行きました。彼らがしゃべるとすれば、小学生っぽいノリになるんだろうな、と想像して書きました。実物もそれっぽいし、もしも大人だったら、踏まれているという状態から考えて「やってられねえ、こんなブラック企業!」みたいな話になってしまうので。あ、“ブラックお堂”ですね。
 彼らにとっては、踏まれていることはそんなに負担ではないだろうと思うんです、たぶん。千二百年踏まれているからしんどいことはしんどいけれど、あのコーチ見てろよ、と言いながら毎週サッカースクールに通う子どもみたいなもんかな、と。

――とはいえ、たまに息抜きしたい。

越谷 サッカースクールの仲間たちとどこかに出かけるのは楽しいですからね。

――せっかく遊びに出かけたのに、トラブルに巻き込まれてしまいます。彼らが“ゴジカ”というあだ名をつけた巨大な鹿に追いかけられるはめに。

越谷 ちょうど原稿を書いているときに、テレビで『シン・ゴジラ』の地上波初放送があったんですよ。観たいんだけど観られない。映画館で二回観てるし、ここでまた二時間使うのはもったいない。悔しいんだけどテレビを消しました。でも気になるからツイッターを見ていたら、みんながゴジラゴジラと騒いでいる。そうこうするうちに、自分の原稿のほうにもゴジラが出てきてしまったという……。鹿から“ゴジカ”になったんじゃなくて、ゴジラから“ゴジカ”になったんです。

――そうだったんですね。だからあんなに迫力が! 一方、ジャッキーズは邪鬼なんですけど、邪なことが似合わない。むしろ優しいですよね。

越谷 お堂のなかにいるとそういう気分になるんじゃないですか。冒頭に、お堂の外で騒いでいた中学生が、中に入った途端に静かになるという描写がありますけど、実際に見たことがあるんです。興福寺ではなかったんですけど。仏像パワーすげえ、と思いました。

――仏像はもともとお好きなんですか。

越谷 大学生のときに奈良に行って仏像を見て、その年の秋に出たみうらじゅんさんといとうせいこうさんの『見仏記』を読んでハマりました。『見仏記』を読んで“拝む”ものが“見る”ものになった。パラダイムシフトですよね。信仰の対象でも、美術品でもなく、想像しながら見る楽しみを教えてもらった。ジャッキーズが動き始めたのもそのおかげですね。

――最後に今後の抱負をお願いします。人外、というか、これから書いてみたい“まれびと”はいますか。

越谷 宇宙人を書いてみたいですね。「木曜スペシャル」で育った世代なので、宇宙人は絶対にいると思っているんです(笑)。

 * * *

越谷オサム(こしがや・おさむ)
1971年東京都生まれ。2004年、『ボーナス・トラック』で第16回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞し、デビュー。『陽だまりの彼女』が刊行の2年後に累計発行部数100万部を突破。13年10月には本作を原作とする映画が公開され、人気を博した。他の著書に『階段途中のビッグ・ノイズ』『金曜のバカ』『房総グランオテル』「いとみち」シリーズなどがある。

取材・文=タカザワケンジ 撮影=ホンゴユウジ

KADOKAWA 本の旅人
2018年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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