『戒名探偵 卒塔婆くん』
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愉快痛快解決理解!生と死を読み解く名探偵登場!――【書評】『戒名探偵 卒塔婆くん』藤田香織
[レビュアー] 藤田香織(書評家・評論家)
あるある、わかるわかると同調&共感できる小説の心強さも捨てがたいが、面白さという意味では、やはり「へえへえ、ほー!」小説が勝る。
そうだったのか! なるほどねぇ、と読み進めていくうちに、それまでおぼろげだった物事の輪郭が見えてきて、興味や関心を抱くきっかけになる、自分の世界がぐぐっと広がるあの感じ。広義のお仕事小説や、昨今大流行の料理小説、スマホゲームの流行から波及した時代小説などの人気も、知る喜びが根底にあるのは間違いない。
高殿円の小説には、その愉しさが常にある。しかも、「トッカン」シリーズの特別国税徴収官や、一生無縁に違いない百貨店の外商部(『上流階級 富久丸百貨店外商部』)、大河ドラマに先駆けた『剣と紅 戦国の女領主・井伊直虎』など、存在や名前くらいは知っているけど、詳しくは知らず、けれどきっかけさえあれば多くの人が興味を持ちそうな「おぼろげチョイス力」が実に抜群。本書『戒名探偵 卒塔婆くん』も、タイトルからして、妙に好奇心をくすぐられる。
四話からなる連作短編集は、東京は麻布の地に幼稚舎から大学まで有する、私立のボンボン校に通う高校生コンビが主人公。ふたりが通う有栖川院は、聖プレジデント学園には及ばずとも英徳学園には劣らぬレベルと推測される資産家の子女が多く通う共学校で、設定としてはリア充青春ミステリー的なのだが、そこは「戒名探偵」。爽やかさとは縁遠く、探偵役となる外場薫は、昭和初期に建てられた「麻三斤館」なるほこり臭い旧図書館の一室で、日々『古文化研究会』と称した同好会活動に勤しんでいる。
同好会といいながら、わずか数名しかいない高校からの編入生で「変人」として知られる薫に、同好の士はいない。古文化研究会に顔を出すのは、強制的に入れられた金満春馬だけ。これまでにも薫が難解な戒名や卒塔婆や墓誌をさくっと解読するのを目の当たりにしてきた春馬が語り手となり、「戒名探偵」の実力が披露されていくという展開だ。
春馬が依頼人となる、整地中の地中から見つかった墓石の身元探し。同級生女子から持ち込まれた有力檀家のルーツ探し。人々の仏教離れをなんとかするべく起死回生を狙うイメージアップ大作戦。ワトソン役も担う春馬は、麻布にそれなりに広大な地所をもつ寺の次男坊なのだが、既に跡取りとして寺を切り盛りする優秀な兄・哲彦から日夜〈どぐされ慕何(馬鹿の意)〉と罵倒されるほど家業について知らない。そんな春馬が薫の推理を間近で見聞きし、得ていく仏教知識が、そのまま読者の「へえへえ、ほー!」になっていくのだ。
戒名に込められた意味、時代によって異なる墓石の特徴。記号のようにしか見えなかった戒名にドラマが浮かび上がってくる。言葉少なで冷静沈着な薫とお気楽で好奇心旺盛な春馬の対比や、かつては金髪ヤンキーで複数の女をはべらせヤリ放題、二十歳で得度してからは「成人童貞」だと豪語する哲彦ら個性際立つ登場人物たち。仏教という、今さら知るきっかけさえ掴みにくい世界を、「面白がらせる」作者の心配りが、本書にはとことん行き届いている。それだけでも、ちょっと変わった探偵ミステリーとしての魅力は十分だと言える。
でも、だけど。
一代で財を成した資産家の老人が生前戒名をつけたいと言い出すことに端を発する最終話「いまだ冬を見ず」は、一転し、ぐっとシリアスな展開が待っているのだ。詳しくは語れないが、秘められた謎が明らかになった後の、〈そんなことが人生のすべてだった時代なのだ〉という春馬による語りの一文が強く、深く、心に残る。
戒名からだけではない、卒塔婆くんこと薫が読み解く人生は、彼自身の生へと繋がり、春馬や読者の生きる道へも繋がっていく。道は半ばだ。来し道を噛みしめ、行く道を楽しもうと思わせてくれる、味わい深い物語である。