独特の画風が目をひく「小村雪岱」挿絵の魅力

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小村雪岱挿絵集

『小村雪岱挿絵集』

著者
小村雪岱 [著]/真田幸治 [編]
出版社
幻戯書房
ISBN
9784864881548
発売日
2018/10/05
価格
3,850円(税込)

作家の信頼も厚かった「雪岱調」の独特の画風

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 小説は雑誌で読むのが楽しい。好きな作家の新作がいち早く読めるからでもあるが、じつは挿絵が好きなのである。高校生のころ、自分にとっては少し高価な「S-Fマガジン」を毎月買っていたのも、ひとつには挿絵が見たかったから。好きな絵を何度も何度も見返したものだ。

 小村雪岱(せったい)は時代小説の挿絵で知られる画家。「雪岱調」と言われる独特の画風が目をひく。やわらかいが冷たい線で、相撲を描こうが斬り合いを描こうが画面はつねに静謐である。しかし写真のように一瞬を切り取った感じはなくて、時間がかぎりなく引き伸ばされてゆっくり流れているといえばいいのだろうか、機械的ではない人間の時間感覚を反映したような描き方なのだ。人は、自分にとって切実で重大な場面はとても長い時間に感じる(スローモーションのように)が、それを絵で再現しているように思う。人物のアップよりも、広い画面のなか心細げにポツンと立ちつくしているような人物を描くほうが、腕前が光る。雨や風などの厳しい自然現象も、そうした場面をいろどる。モノクロームの効果があざやかに、それでいて上品に活かされている。

 雪岱は、里見とんの「多情仏心」や、邦枝完二の「江戸役者」「おせん」「お伝地獄」などの新聞連載小説に挿絵を描き、人気を博した。邦枝はこれらの作品について「空前の読者受けがしたのも、半ばは雪岱氏のお陰」と述べているそうだが、こうした信頼はなかなか生まれないものだと思う。絵が小説の文章に即しすぎると読者の想像力のひろがりを阻害するし、かといって小説中の描写を裏切る絵もよくない。「この人なら」と思える挿絵画家との出会いは、幸福なことだったろう。

 編者は雪岱研究をライフワークとする装幀家。収録挿絵三五〇点のチョイスに、目配りの非凡さがうかがえる。「中央公論」や「花椿」「キング」など、雑誌の挿絵も多数収録されている。

新潮社 週刊新潮
2018年11月22日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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