『超越の棋士 羽生善治との対話』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
超越の棋士 羽生善治(はぶよしはる)との対話 高川武将(たけゆき)著
[レビュアー] 君島俊介(将棋ライター)
◆竜王の本音に鋭く迫る
将棋の世界では、相手の意図をつかみ、言葉をかわすように指し手を進めるところから「棋は対話なり」といわれる。インタビューは対局に通じるものがあるだろう。本書は、スポーツ誌などで活躍する著者が二〇一〇年秋から七年以上にわたり、羽生善治竜王に鋭く迫ったインタビュー集であり、ノンフィクションだ。
一九九六年に二十五歳で将棋の七大タイトルすべてを制覇した羽生が四十代を迎え、後輩の突き上げも厳しくなり始めた時期からの言葉が収められている。長年戦う中で「どうしても決まったルーティンの中に埋没しやすいので、意図的に、意識的に、何か変化していく必要はある」と言う。反省しても後ろ向きなことは言わない。「思い切った手を指してみたけれど、結果的にはうまくいかなかった(略)。でも、それを次に活(い)かせればいい」と言うように、常に前向きな言葉でそのときどきの課題に取り組んできた。
羽生とタイトルを競り合ってきたトップ棋士のインタビューも収められている。久保利明王将が「羽生さんに負け続けてよかった。もし、最初に勝っていたら、僕はそこで終わっていたかもしれません。羽生さんに強くしてもらった」と話すほど、羽生は将棋界にとって大きな存在だ。
近年は将棋のコンピューターソフトの進化が著しい。これを活用する棋士が増え、以前は軽視されていた作戦が見直されてもいる。ただ、羽生は「コンピュータが確率的なアプローチでAが60%、Bが40%と示したら、人間はどうするか。100人がどちらかを選ぶ場合に、Aを60人、Bを40人が選択するのではなくて(略)90対10とか、95対5くらいに分かれると思う」と指摘。多様性も大事にする羽生は「創造性や多様性をもたらすどころか、逆に縮めてしまう可能性」に危機感を抱く。
本書は羽生善治という棋士を深く知るための一冊であるだけでなく、難しい年代をどう乗り越えていくか、AI(人工知能)との今後のかかわりなど、さまざまな面で示唆に富む一冊といえるだろう。
(講談社・1944円)
1966年生まれ。ルポライター。アスリートのノンフィクションを多数執筆。
◆もう一冊
島朗(あきら)著『純粋なるもの 羽生世代の青春』(河出書房新社)