『血の雫』
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ネット社会を逆手に取ったスリリングな連続殺人ミステリー
[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)
連続殺人ミステリーの読みどころはまず個々の事件につながりがあるのかないのか、にあるが、その接点が一向につかめないのが本書だ。
六月半ば、東京・中野坂上でフリーの女性モデルが刺殺される。直ちに捜査本部が立ち上がるが、何の手がかりもつかめぬうちに第二の事件が。同一犯人の疑いが強かったが、新たな犠牲者はタクシー運転手で中年男。犯行の意図がわからない。やがて凶器が一致するが、その頃犯人は第三の獲物に接近していた。
この難事件の捜査員の一人に選ばれたのが、一年半前の誘拐事件捜査で被害者家族の関係者がSNSで情報拡散するのを見過ごし、拉致された女児を死なせてしまった警視庁捜査一課の田伏恵介。それが原因で特殊犯捜査係SITを追われ、PTSDにも陥った。その症状が完治せぬまま復帰戦に臨むこととなったが、彼はさらに元サイバー捜査官・長峰勝利の面倒を見る羽目に。田伏は見るからにオタクっぽい長峰とはまったく反りが合わなかったが、程なく長峰は最初の被害者に裏の顔があったらしいことを察知する。
こののち犯人は自ら「ひまわり」と名乗り、ネットにメッセージを流して捜査陣を翻弄し始める。前半は謎めいた連続殺人ものにして劇場型犯罪の捜査小説の典型的パターン。犯人に対して田伏&長峰のコンビは悪質なネット報道に振り回されつつ地道な捜査で対抗するほかないが、やがてそこから思いも寄らないキーワードが浮かび上がってくる。
誤報はもとより誹謗中傷が簡単に暴走し始めるネット社会の恐怖。それを逆手に取った犯行はスリリングのひと言だが、動機が徐々に明かされていく後半は新たな社会的テーマが前面に押し出され胸に迫る。既作『震える牛』『ガラパゴス』にも通じる悲劇の演出は今やこの著者ならではというべきか。新たなシリーズキャラクターとして、田伏&長峰の今後の活躍にも期待したい。