逃れられぬ運命の中でもがく人々、もつれ合う“志”。すべてが胸に突き刺さる、激情の幕末ロードノベル。【刊行記念インタビュー】

インタビュー

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夜汐

『夜汐』

著者
東山 彰良 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041069226
発売日
2018/11/28
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【刊行記念インタビュー】『夜汐』東山彰良《一年半ぶりの最新長篇》


『流』での直木賞受賞以降、充実作・力作を刊行し続けている
東山彰良さんの待望の新作は、初挑戦となる歴史時代小説です。
愛する女のために罪を犯した蓮八は、
伝説の殺し屋・夜汐に追われることになり……。
動乱の幕末を舞台に、運命に翻弄される男女の姿を
ドラマチックに描いた最新長篇について、
東山さんにお話を聞きました。

時代の変わり目に生まれる
ドラマを描きたい

――『夜汐』は初の歴史時代小説です。ここ数年、自身のルーツである台湾を舞台にした青春ミステリや近未来のSF小説を発表してきた東山さんが、新しいジャンルに挑戦しようと思ったのはなぜでしょうか?

東山 別に歴史時代小説を書こう、という強い意識があったわけではないんです。これまでも自分が書きたい物語にふさわしい舞台を選んできたわけですけど、今回はたまたまそれが幕末だった。江戸の終わりから明治にかけては、新旧の価値観がぶつかり合った変革の時代。ここを舞台に設定すれば、自分の好きな西部劇映画のように、時代の変わり目に生まれるドラマが描けるんじゃないか、という気がしたんです。

――確かに『夜汐』には西部劇のテイストが盛り込まれていますよね。では、歴史時代小説や時代劇への関心はあったのですか?

東山 専門的に勉強しているということはなくて、一般の方と同程度だと思います。むしろ私の場合は海外の小説や映画にインスパイアされることが多くて、この作品もブラッド・ピットが主演した映画『ジャッキー・コーガン』とその原作に影響を受けています。チンピラたちがマフィアの賭場を襲って、殺し屋に追われることになる、という流れは念頭に置いていました。

――物語の始まりは文久三年(一八六三年)。品川の賭場が襲われ、大金が奪われます。品川界隈を縄張りとする曲三親分は、襲撃に関わった男たちを始末するため、凄腕の殺し屋・夜汐を雇います。

東山 この小説では「生と死」、もしくは「死に時」というテーマが、いくつものエピソードで反復されています。この世では誰もが無事に天寿をまっとうできるわけではない。病気になったり、事故にあったり、殺されたりすることだってある。夜汐はそんな「ままならない死」の象徴なんです。誰一人その正体を知らない、まるで伝説のような存在。それは生きている人間が、誰も死を体験したことがないのにどこか似ています。

――ときに狼、ときに黒服の「異人」として現れる夜汐には、キリスト教圏の悪魔のイメージが重ねられていますね。

東山 どれが彼の姿なのかは、誰にも分かりません。私としても断定的な書き方は、あえてしないようにしました。悪魔って、現れる時にはいろいろな兆候があるんですよ。硫黄の臭いがしたり、大量の虫が湧いたり。夜汐は、磯の香りとともに現れることで、日本らしいイメージを付与してみました。

――夜汐は死をもたらす存在でありながら、おしゃべりで親しみやすい人物としても描かれています。

東山 いかにも殺し屋のイメージとは異なり、夜汐は饒舌で気まぐれです。廓で出会った花魁の話が面白かったからといって、その日の仕事を取りやめたりする。そういうキャラクターの方が、私の思い描く死や悪魔のイメージに近い。夜汐は悪魔といっても、世界を破滅させようと企むデーモンではないんです。人間と取り引きして、その魂を奪うことだけが目的の、実にささやかな存在です。私が悪魔に惹かれるのは、彼らが個人の内面を映すような属性を持っているからかもしれません。

どこにでもいる
平凡な男と女――。
それがいちばん愛おしい

――主人公の蓮八は、幼なじみの八穂を廓から落籍せるため、賭場襲撃を手引きし、夜汐に追われることとなります。蓮八はどんな人物として描かれたのですか?

東山 蓮八は自分と愛する女の幸せを優先する、どこにでもいる平凡な男ですね。幕末には坂本龍馬をはじめ、後世に名を残した人物がたくさんいますが、私が書きたいのはもっと弱くて、不器用な、名もなき人間なんです。

――当時は英国公使館が焼き討ちされるなど、尊王攘夷の機運が高まっている時代。しかし蓮八はそうした政治的な動きとも距離を置いています。

東山 むしろ、当時はほとんどの日本人がそうだったはずです。尊王攘夷だ、新選組だといっても、加わっていたのはごく一部。ほとんどは好きな男や女のことを考え、子を育てながら、その日その日を精一杯に生きていた。そうした庶民の営みがなければ、私たちはいまこうして存在していないわけですからね。

――幕府が募集していた浪士組に入り、江戸から京に向かった蓮八は、ひょんなことから新選組に加わることになります。

東山 新選組を出そうというのは、編集者といろいろ打ち合わせをしているうちに浮かんできた案です。歴史の専門家ではない私にとっても、新選組という存在は力強く何かを語りかけてくるところがある。考えてみると意外に、この物語で描こうとしているテーマと相性がいい気がして、物語の軸のひとつとしました。

――個性豊かな新選組隊士のキャラクターも魅力的ですね。土方歳三は武士に憧れる熱血漢、といったところでしょうか。

東山 新選組隊士の物語は、先人たちによってすでにたっぷり書かれています。ですが、今回はそれらをあまり意識せずに、資料を参考にしながら、こうだったらいいな、という自分なりのキャラクターを練り上げました。私は土方という男に、コケティッシュな魅力を感じるんです。端整な写真のイメージが強いですが、残されている、女性に宛てた手紙を読むと、かなりチャラいことを書いている(笑)。武士に憧れる一方、そういう面もあったところに興味を惹かれましたね。

――薄幸の美少年剣士として描かれることの多い沖田総司も、この小説では屈託のない青年です。蓮八との間に生まれる奇妙な友情も、ひとつの読みどころです。

東山 現存する沖田とされている写真を見る限り、彼をそこまでの美少年とは感じないんです。沖田ファンの方にはお叱りを受けるかもしれませんが、蕎麦屋の店先で働いているのが似合いそうな、ぽっちゃりした少年です(笑)。今日イラストなどで描かれる沖田とは、かなりイメージが違いますね。まあ、この小説では、新選組はあくまでも背景のひとつですから、「こういう描き方もあるのか」と受け入れてもらえると嬉しいです。

――やがて新選組から脱落した蓮八は、八穂に会うため長い旅に出ます。その途上、たびたび訪れる命の危機。物語後半は、ロード・ノベルの趣があります。

東山 蓮八は旅がしたくてしているわけじゃない。ただ八穂に会いたくて、ひたすら長い距離を移動しているんですよね。蓮八を突き動かしているのは、好きな女に会いたい、という思いだけ。その衝動は私にも、すごく理解できる。社会を、歴史を変えたいという思いよりもはるかに共感できるんです。

――いつの時代も変わらない、人間の普遍的な感情ということでしょうか。

東山 人間の生に関わることは、江戸時代でも平安時代でも、そう現代と変わらないはずです。蓮八が八穂を求める焦燥感や、守ってやりたいという思いは、たとえば未来の世界では男が男を、女が女を求めるといった形に変化しているかもしれません。でもそこに通底する意味合いは、普遍的だと思います。

――それだけ蓮八が恋い焦がれる、八穂とはどんなヒロインなのでしょうか。

東山 鉄火肌というのかな、直情的で自分に正直にしか生きられない。心のうえでは蓮八に操を立てていても、身体が他の男を求めたら素直にそれに従ってしまう。そういう女性は実際にいると思いますし、私自身も魅力を感じます。読者の方にもそう感じてもらえると嬉しいのですが。

――本書は東山さんお得意のアウトロー外道モノであり、殺し屋モノでもありますが、何よりも時代に翻弄された男女のラブストーリーですよね。

東山 時代の大波は否応なく、彼らの人生にも覆い被さってきます。それでも蓮八と八穂は、あくまで「草莽」としての物語を生きてゆく。おっしゃるとおり、これは生と死をテーマにした、ラブストーリーと見ていただくのがいいかもしれません。

小説を書いて手応えを
感じたことはない。
興味の赴くまま書き続けるだけ

――蓮八に関するエピソードが決着した後も、物語はしばらく続きます。しみじみとした余韻のあるエンディングが印象的でした。

東山 小説でも映画でも、僕はクライマックスの先まで描かれている作品が好きなんです。たとえばコーマック・マッカーシーの小説なんて、普通はここで終わりだろう、というポイントの後日談まで描いている。今回はそういうやり方をしてみたかったんです。

――結果として、新しい時代への希望を感じられるラストになっていました。

東山 そこは意識したところです。蓮八の物語だけで完結してしまうと、これまでの生と死のイメージを超えられない気がした。焼け野原から新芽が顔を出すように、死の先にはまた新しい生がある。生と死が循環して、次の世代へとつながってゆくんだ、という希望をこめたつもりです。

――初の歴史時代小説を書き終えての手応えは。今後もこのジャンルにチャレンジしようという気持ちはありますか?

東山 小説を書いていて手応えを感じたことは、これまで一度もありません。読者にどう受け止められるかも、あまり考えない。いつも興味の赴くまま執筆しているので、もし気になるテーマや題材が見つかったら、また歴史時代物を手がけることになるかもしれません。自分でもこの先何を書くのか、皆目分からないんですよ(笑)。ちなみに来年集英社から刊行される作品は、ライトノベルです。

――東山さんのライトノベル! それは気になります。

東山 『デビルズドア』というタイトルで、これも悪魔が出てきます。ロボットに魂はあるのか、という発想から生まれた、AIと悪魔のバディものですね。

――東山さんの作品を読んでいると「物語の力」を強く感じます。東山さんが小説を書き続ける理由はなんでしょうか?

東山 たとえば、自分の小説で誰かを救いたいとか、そんなことはまったく考えていません。私はただ自分を慰めるためだけに、物語を書いています。それはデビュー当初からずっと変わりません。今回の『夜汐』もそうだし、この先もそうだと思う。もちろんその結果、読者が私と同じような気持ちになってくれたら嬉しいですね。

 * * *

東山彰良(ひがしやま・あきら)
1968年台湾生まれ。5歳までを台北で過ごし、9歳の時に日本へ。福岡県在住。09年『路傍』で大藪春彦賞を受賞。15年『流』で全選考委員が◎を付けるという、前代未聞の直木賞完全受賞を果たしたのを皮切りに、16年『罪の終わり』で中央公論文芸賞、17年『僕が殺した人と僕を殺した人』で織田作之助賞、読売文学賞、渡辺淳一文学賞をトリプル受賞するなど、新作の度に話題を集め続けている。

取材・構成=朝宮運河 撮影=ホンゴユウジ

KADOKAWA 本の旅人
2018年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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