童謡百年史 童謡歌手がいた時代 井上英二著
[レビュアー] 野上暁(評論家)
◆作曲、レコードで大きく育つ
大正・昭和期を通して広く歌われ続けてきた近代童謡は大正七(一九一八)年、鈴木三重吉によって創刊された雑誌『赤い鳥』から始まるといわれ、ちょうど百年にあたる今年は、関連書籍の出版やイベントが盛んだ。「童謡」という言葉は、古くは『日本書紀』にも見られるが、今日的な意味で一般化するのは、『赤い鳥』誌上での北原白秋を中心にした、童謡運動に負うところが大きい。
白秋は同誌の創刊号から毎号意欲的に新作を発表するとともに、投稿欄の選者としても『赤い鳥』の童謡運動を牽引(けんいん)していく。第三号からは西條八十(さいじょうやそ)も加わり、明治政府が伝承子守唄や遊び唄を卑俗だと排斥して普及させた小学唱歌を、非芸術的だと批判して新しい童謡作品を次々と発表し話題を呼ぶ。そしてその成功を追うように、『金の船』(後の『金の星』)『童話』『コドモノクニ』などが次々と創刊され、空前の童謡ブームが起こるのだ。
著者は、『日本書紀』から始まり、江戸時代から明治にかけての「童謡前史」を丹念にたどり、『赤い鳥』以降の作詞者とともに作曲家にも言及していく。「赤い鳥一周年記念音楽会」で、八十の「かなりや」、白秋の「あわて床屋」が楽曲付きで初演奏されたのを契機に、読む童謡から聞く童謡へと変容し、新しく登場したレコードという聴覚メディアによって「童謡文化の普及に幅を広げ立体的」になった点を詳細に検証するあたりは、長年レコード業界で活躍してきた著者ならではの視点である。
野口雨情(うじょう)作詞、本居長世(もとおりながよ)作曲の「十五夜お月さん」「青い目の人形」に、藤間静枝が振り付けをして、長世の次女貴美子が有楽座で踊ったことから、童謡舞踊が発展していく。それが後の幼稚園や小学校での舞踊教育、つまりお遊戯にも受け継がれていくといった考察は新鮮だ。童謡ブームはまた童謡歌手を誕生させる。作曲家・本居長世が三姉妹をデビューさせたように、作曲家が童謡歌手を育てたともいう。巻末の各種童謡資料も充実していて実に有益だ。
(論創社・2700円)
1940年生まれ。元日本コロムビア学芸部プロデューサー。
◆もう1冊
周東美材(しゅうとうよしき)著『童謡の近代-メディアの変容と子ども文化』(岩波現代全書)