[本の森 SF・ファンタジー]『文字渦』円城塔/『その先には何が!? じわじわ気になる(ほぼ)100字の小説』北野勇作

レビュー

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文字渦

『文字渦』

著者
円城塔 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784103311621
発売日
2018/07/31
価格
1,980円(税込)

その先には何が!?じわじわ気になるほぼ100字の小説

『その先には何が!?じわじわ気になるほぼ100字の小説』

著者
北野勇作 [著]
出版社
キノブックス
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784909689061
発売日
2018/09/01
価格
1,100円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 SF・ファンタジー]『文字渦』円城塔/『その先には何が!? じわじわ気になる(ほぼ)100字の小説』北野勇作

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 文字だけでさまざまな世界が造形されている。円城塔『文字渦(もじか)』(新潮社)は、小説っておもしろいなと改めて実感する短編集だ。文字をテーマにした十二編を収める。第四十三回川端康成文学賞を受賞した表題作の舞台は、古代中国の秦国。俑という名の陶工が、ある日宮殿に呼び出される。始皇帝と思われる人物は俑に〈水に入っても濡れず、火に入っても焼けず、天地と寿命を等しくする〉真人として自分の肖像をつくるように命じる。しかも、実寸で姿を写してはならず、まず小さな像をつくって持ち帰り、設置場所である陵墓で拡大せよという。難題に挑む俑が、どのような経緯で独自の文字を記すにいたったのか、ということが描かれていく。始皇帝の姓である〈えい〉という文字が変形し、もうひとつの秦ができるくだりに心躍った。

 SNSで紹介され注目を集めた「誤字」も強烈だ。文字コードの抗争についての偽史といったらいいのだろうか。トロイの木馬のように誤字が大暴れして、侵入したテキストを書き換える。特に素晴らしいのが、本文と相関しないルビが忍び込んで饒舌かつ奔放に自分の話を語りだすところ。本文を読んでいてもルビに気を取られ、ルビの意味を把握してから本文に戻ろうとしてもなかなか集中できない。読みづらいのにものすごく愉しいのは、ルビの語り口にユーモアがあるからだろう。また、殺人事件ならぬ殺字事件が起こる「幻字」は、横溝正史『犬神家の一族』のパロディ。あの水面から死体の両足がにょっきり突き出している有名なシーンを再現したところは笑ってしまった。どこまでが架空の文字で、どこまでが実在の文字なのかわからない。見慣れているはずの文字も、未知の生きもののように見えてくる。

 北野勇作『その先には何が!? じわじわ気になる(ほぼ)100字の小説』(キノブックス)は、著者がTwitterに投稿したショートショートが一三〇話入っている。なにしろ一話一話が短いから、登場人物がどんな人なのか、作中で何が起こっているのか詳細は描けない。どんな世界につながっているのかわからない断片が、ぽんとそこに置かれている。

 例えば〈路地の長屋と町工場の隙間に/薄暗くて狭い階段がある。/二階くらいの高さで/ブロック塀に突き当たっているから/どこにも通じてないはずだが、/階段を上っていく人をたまに見かける。/下ってくる人は、/まだ見たことがない〉という話は、赤瀬川原平の「超芸術トマソン」を思い出した。正体不明のスイッチがいつのまにか押されていたり、急坂にある商店街が少しずつずり落ちていたり、雲の割れ目から赤黒い液体が落ちてきたり。どことなく滅びの予感がする話が多い。恐ろしいけれど、続きを知りたくなる。

新潮社 小説新潮
2018年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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