プロ野球を選ばなかった怪物たち 元永知宏著
[レビュアー] 満薗文博(スポーツジャーナリスト)
◆背を向けた「決断」に迫る
私には、四年越しで、同じアスリートに同じ質問をし、二度とも確かな答えを得られなかった経験がある。しかし、本書を読んだ今、ほんの立ち話程度で、しっかりとした答えをもらうのは無理だったのだと知った。
一度目は、一九九二年バルセロナ五輪、二度目は九六年アトランタ五輪の時。もう二十年以上も前、現地でのことだった。相手は、野球の日本代表エース、杉浦正則だった。アトランタの時、二十八歳。質問は「あなたほどの人が、どうしてプロ野球に行かないのか?」。彼の答えは「いや、それはいいでしょう」だった。「ミスターアマ野球」と呼ばれた男は、プロから誘われながら、同志社大学から社会人野球へと進み、ついにプロ野球のユニホームに袖を通すことがなかった。
しかし、忘れかけていた宿題に、本書は明快な答えを用意してくれていたのである。結論から言えば「僕がプロ野球に行かなかったのは、『オリンピックにはアマチュア選手しか出られなかった』ということが大きな理由です」とのことだった。その答えを導き出す過程が詳しい。とても、立ち話程度ですむ話などではなかったのである。
表題の「怪物」たちは六人が登場するが、著者は、ドラフトの目玉たちが、いかにしてプロ入りに背を向けたのかという「決断」と「結果」を旺盛な取材力で解き明かす。それは、あたかも謎解きをしながら、短編ミステリーを読み進む感覚に似ている。
鍛治舎巧(かじしゃたくみ)は、早稲田大学のスター選手として鳴らしたが、ドラフトを振り切り社会人入り、監督、会社の専務に就きながら、少年野球、還暦を過ぎてから高校野球の監督として今、再びユニホームを着ている。法政大学の山中正竹は、現在も破られない東京六大学通算四十八勝を残して、選手としてはプロ野球を選ばなかった。
「怪物たち」が、自らの生き方を選択-決断し、矜持(きょうじ)を保ち続ける姿は、プロとは違う豊かさがあることを、いきいきと伝えてくれるのである。
(イースト・プレス・1620円)
1968年生まれ。スポーツライター。立教大野球部で六大学リーグ優勝を経験。
◆もう1冊
二宮清純著『プロ野球 人生の選択』(廣済堂新書)