圧倒的「海戦」シーンが魅力のエンターテインメント歴史小説
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
これは、近頃にない海洋エンターテインメント歴史小説である。何しろ後半三分の一が海戦シーンなのだから、作者の気合の入れようも知れようというものだ。
主人公は、紀州雑賀の通称“いくさ姫”こと鶴――作者もいいところに目をつけたもので鶴を主人公にしたものは、もう随分(ずいぶん)、前になるが、後藤久美子主演で制作され日テレ系で放映された大作時代劇「鶴姫伝奇」があるくらいで、小説で印象に残っている作品は少ない。
作者は、鶴姫を、イスパニアのイダルゴ(騎士)の家系に生まれ、マルコ・ポーロの『東方見聞録』を通じて大海に思いをはせ、サムライに興味を抱いたジョアンの目を通して描いている。
このジョアン、海賊に囚われ、内紛と難破の果てに鶴に拾われる。その折のことを作者は次のように記す――〈長い黒髪を後ろで束ね、袖なしの上衣に膝の出た半ズボンのようなものを着ている。/その手には、やや短い刀が鞘に納まったまま握られていた。/よくよく見れば、美しい少女だった。背丈はジョアンよりも頭ひとつ分ほど低いが、よく整った顔立ちはこの国の人間としては彫りが深く、どことなく南国の雰囲気を漂わせている。/(中略)/「ほら、さっさと(牢から)出てきいや」〉と。なかなかの面魂(つらだましい)ではないか。
鶴は、カラベル船を修復した「戦姫丸(せんきまる)」に乗って商いに出るべく、南洋に向かうことを志すが、折悪しく、明国の海賊・林鳳の大船団が日本に向かっており、こちらも、雑賀、村上、毛利、大友、島津など西国大名の水軍がこれを迎え撃つことになる――。鶴もこうした動きに組み込まれることになるが、“林鳳を殺す”という鶴の思いには、その出生にまつわる過去の因縁が渦巻いていたのである。
そして歴史にifはないが冒頭で記した大海戦が――。
波しぶきがかかりそうな一気読みの快作である。