『はるけきモンゴル』
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言語学者が人生をかけた生身のモンゴル
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
平成は、日本人がようやくモンゴル人を見慣れた時代である。大相撲でモンゴル出身力士たちが活躍しているので、彼らの素顔や発言を知る機会ができた。しかしもっと昔、モンゴルは遠い国だった。あちらは肉食、こちらは草食。文化的にもだいぶ離れている。
著者はそんな時代をつうじてモンゴル研究に打ち込んできた。肩書は言語学者だが、政治や国家という背景に注目しつつ人間の言語活動をとらえる。言語学界では異端の学者である。今回、全四巻の著作集としてまとめられたのは、五十七年間の研究生活のおりおりに雑誌などに発表してきた短文や対談のたぐい。これはその最終巻「モンゴルと中央アジア篇」である。
日本人が思い浮かべるモンゴルといえば、草原と馬と移動式住居、そんなメルヘン的なイメージなのだが、この本のなかにはよりリアルなモンゴルがあふれている。おとぎ話の舞台ではない生身のモンゴルを見るということは、中国やロシア、中央アジアの国々をも同じ視野のなかにとらえるということである。わたしはこの地域の現代史をあまり知らなかったので、この本のいたるところに発見と驚きがあった。
シルクロードが夢幻の世界のように描かれることを〈シルクロードは、決してロマンチックなところではなくて、ものすごく荒れ果てたひどい世界なわけですよ。(中略)日本人の非常に甘っちょろい、無理にでも幻想をつくるという習性が、モンゴルを見る目を誤らせている〉と批判する著者は、ブレないリアリストだ。長年、各方面からの同調圧力に屈せずやってきたという矜持が、草原を吹き渡る風のようにすがすがしい。〈やんちゃと腕白を遠慮したものはほとんどない〉と自ら語るこの著作集。学会とも政治とも馴れ合わない。かざらない言葉、偉ぶらない姿勢が、人生をかけた仕事をストレートに読者に届けてくれる。これを見逃す手はないと思う。