太宰と同郷の作家は数多くいるけれど――
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
【前回の文庫双六】『二十世紀旗手』に収録 手紙だけで構成の「虚構の春」――梯久美子
https://www.bookbang.jp/review/article/561385
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太宰治と同郷の作家は数多いが、その中でも川上健一を今回取り上げるのは、この作家について書きたいことがあったからだ。
川上健一は、1990年の『雨鱒(あめます)の川』から2001年の『翼はいつまでも』まで約10年間休筆していたことがある。飲み過ぎとストレスで肝臓を壊し、無気力になって小説を書けなくなったのである。
『翼はいつまでも』で復活するまで、では何をしていたのか。その間の日々を描いたエッセイ『ビトウィン』によると、八ケ岳南麓の高原の村で釣りをしていた。ビトウィン生活というのは、仕事をしない間の生活を意味するらしい。
極貧の闘病生活、と思ってこのエッセイを読むと、とんでもない。娘のヅキちゃんは超かわいいし、ヘンな隣人たちが次々に登場してくるし、みんなが笑っているのだ。ホントに愉しそう。文庫版の解説を書いた高野秀行は、復活作の『翼はいつまでも』よりこちらのほうが面白かったと、そんな失礼なことまで書いているほどである。
都会を離れて、自然の中での規則正しい生活を送っているうちに健康になり、そして彼は小説を書きはじめる。『ビトウィン』は、その復活作を書きおえて出版するまでの話だが、刊行したあと、本の雑誌の年間ベスト1に選ばれ、坪田譲治文学賞を受賞するというのがラスト。特に、年が明けてから、本の雑誌ベスト1記念ご褒美つきディズニーランド大遠征をしたというくだりに感じ入る。この雑誌に関係した者として、なんだか嬉しく、その嬉しいという思いを一度書いておきたかった。
『翼はいつまでも』は1960年代の十和田を舞台に、野球とビートルズに熱中していた中学生を描く青春小説である。川上健一は青春小説の名手でもあるので、故郷を舞台にした青春物語はいかにも復活作にふさわしいが、この小説がどうやって生まれたかを知れば、もっと興趣は増すような気がする。