【ニューエンタメ書評】呉勝浩『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』田中啓文『力士探偵シャーロック山』ほか

レビュー

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  • 雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール
  • 祭火小夜の後悔
  • フーガはユーガ
  • 凜の弦音
  • 戒名探偵 卒塔婆くん

書籍情報:版元ドットコム

ニューエンタメ書評

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

今年も一年、ご愛読くださりありがとうございました。
今月は、大矢さんの“タイトル・オブ・ジ・イヤー”を含む7作品!
年末の読書にぜひどうぞ。

 ***

 誰しも好みのタイトルというものがある。ジャンルの好みや内容が面白いかには関係なく、反射的に「あ、このタイトル好きだな」と感じるもの。

 私の場合、なぜか人名が入っているものに惹かれることが多い。小杉健治『原島弁護士の愛と悲しみ』とか山田宗樹『嫌われ松子の一生』とかの類だ。タイトルを見て、まず「誰っ?」と思う。そんな知ってて当然みたいに言われても! と、心の中で必ずツッコむ。その一連の流れがなぜか好きなのだ。だから『シャーロック・ホームズの冒険』とか『竜馬がゆく』のような、有名キャラや歴史上の人物の場合はそこまで琴線に響かない。あくまでも「誰っ?」が必要なのである。

 そういう意味で、今年の小説の中で私のタイトル・オブ・ジ・イヤーは呉勝浩『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』(光文社)だった。「雛口依子って誰っ?」に加えて「最低な落下って、やけくそって、何それっ?」と逐語的にツッコんでしまった。完璧だ(何が?)。

 呉勝浩を警察小説や社会派ミステリの書き手と思い込んで読み始めると背負い投げを食らうぞ。とある凶悪事件の被害者の女性と犯人の妹が出会い、そこから物語が怒涛の展開を見せる。タイトルにある雛口依子の生い立ちはそれはもう悲惨で理不尽で、展開はグロいしエロいしエグいし、清く正しい善男善女の皆さんが眉をひそめること間違いなしの話なのだが、眉をひそめる暇がないほどの疾走感(暴走感?)に満ちている。しかもエグいくせに読後感が妙に痛快だからたまらない。さらに作中で重要なフックとなる週刊誌の連載小説が巻末に袋とじでついているという凝りようだ。

 ぶっとびノワール、というのが近いかもしれない。エグい内容に読者の好みも分かれるだろう。だが、パワーがほとばしっている。こんな引き出しがこの作家にあったのか、と瞠目すること間違いなしだ。

 ということで今回はタイトルに人名が入っている小説に絞ってどどんと紹介するぞ。

 第二十五回日本ホラー小説大賞と読者賞をW受賞した秋竹サラダ『祭火小夜の後悔』(KADOKAWA)は、まず短めの怪談が三話語られる。高校の旧校舎の床板を下からカリカリと引っ掻く謎の存在。毎晩、夜中になるとじわじわとにじり寄って来る巨大なムカデのような虫。子どもの頃に交わした約束を盾に何かを「取り立て」に来る魔性の生き物。

 そのすべてに登場し、怪異に悩む主人公にアドバイスを送る存在が女子高生の祭火小夜だ。そして第四話では、それまでの主人公が一堂に会し、小夜とともにある冒険に挑むことになる。だが彼女が後悔することはタイトルでわかっているわけで、さて……? ひとつひとつの話が怖いのはもちろんだが、なんだか妙にトボけた筆致がユーモラスで、そのバランスが絶妙。しかも思いがけない本格ミステリ的展開には感心させられた。怖いだけじゃないカタルシスがある。

 一見、人の名前だとは思わなかったのが伊坂幸太郎『フーガはユーガ』(実業之日本社)だ。常盤優我・風我という双子の物語である。

 暴力を振るう父親と子供に無関心な母親のもと、優我と風我は育った。ところがある日、父に殴られる風我を助けようとした優我は不思議な体験をする。それは双子の間でだけ可能な、極めて特殊な現象だった──。

 そりゃもう伊坂幸太郎だから、どこへ向かうのかわからない優我と風我の話の中にびしばしと伏線が張られているのだけれど、読んでる間はそんなことは気にならず、というか気にする余裕がなく、いつもの伊坂ワールドに取り込まれてしまう。上手いなあ。実に上手い、飄々とした語り口は、楽しい場面はより楽しく、そして残酷な場面はひときわ残酷に映し出す。そして何よりこの物語は終盤の展開が格別だ。事件が解決する安心感と同時にとてつもない切なさと寂しさと悲しみが襲う。このエンディングしかなかったのだろうか、としばし考え込んでしまうほど、いつまでも余韻が残る一作である。

 我孫子武丸『凜の弦音』(光文社)の主人公は、弓道部に所属する女子高生、篠崎凜。第一話では矢が凶器に使われた殺人事件が起き、偶然その場に居合わせた凜が現場を見るだけで謎を解いてしまうというガチの本格ミステリだ。なるほど、名探偵の弓道女子か!

 ところが以降、急に退部したいと言い出した部員の事情や弓の盗難、大会での妨害など謎解きがある一方で、特にミステリ的な事件が起きるわけでもなく、凜が弓道部で悩みながら自分の道を探す話もある。しかもそれが、青春小説として実にいいのだ。第一話で受けたキャラ的名探偵の印象が、話が進むにつれて、ひとりのリアルな女子高生へと変貌する。ひとりの少女が悩みながら成長する、その悩みのひとつとして事件があり謎解きがあるのだ、というのがすんなりと心に入ってくる。

 弓道の知識がなくても大丈夫。むしろ専門用語が巧みに使われることで、弓道に興味が湧く。部活ミステリ、スポーツミステリとしても秀逸だ。

 タイトルの人名の中でも一際素っ頓狂で思わず表紙を二度見したのが、高殿円『戒名探偵 卒塔婆くん』(KADOKAWA)だ。卒塔婆くんという名前もさることながら、戒名探偵て! これまでグルメ探偵だの神主探偵だの○○探偵というのは数限りなくあったが、戒名探偵て!

 語り手は寺の次男で高校生の金満春馬。寺の仕事を手伝えとばかりに、住職代行の兄が難題を押し付ける。たとえば第一話では数文字の戒名しか残ってない古い墓石の身元探し、第二話では金満と昵懇の仲である善九寺の家の敷地のどこかに葬られている檀家の先祖探し。だけど大丈夫、春馬には卒塔婆くんがついてるから。

 卒塔婆くんというのはあだ名で、本当は外場薫という。正体不明の仏教マニアの高校生だ。なぜかやたらと戒名や墓に詳しく、前述の難問も残された戒名や墓の形からみるみるうちに解決してしまう。そのウンチクは読んでいるだけでも実に興味深く、なるほど戒名にはそんな意味があったのかと思わず先祖の戒名を確認したくなったほどだ。

 軽妙な語り口、楽しいキャラ、思わず笑える地の文のツッコミなどなどコメディ感満載で物語は進む。だが第四話でその様相ががらりと変わる。九十歳を超える大企業創始者が、死に支度として最も良い戒名を考えた親族に会社の株を贈ると言い出す。つまり相続争いに巻き込まれるのだ。そしてこの戒名合戦が、日本の近代史の辛く悲しい物語へと変わっていく。圧巻だ。まさか戒名探偵なんていうトンチキな設定が、こんな胸に迫る物語になるなんて! 謎解きミステリとしてもサプライズ充分。これは必読。

 おっと、『戒名探偵 卒塔婆くん』を素っ頓狂だと紹介したが、もっと素っ頓狂でトンチキな人名タイトルがあったのを忘れていた。田中啓文『力士探偵シャーロック山』(実業之日本社文庫)だ。戒名探偵も相当だが、力士探偵て! いや、それよりシャーロック山て!

 シャーロック山の本当の四股名は斜麓山。銅煎親方(現役時代の四股名は虎南)のもとで稽古に励まねばならないところ、部屋にこもってミステリばかり読んでいる。彼の付け人である下っ端の弟子は輪斗山だ。って、もうこの登場人物の名前を書いてるだけで脱力しちゃうんだが、短編のタイトルはもっとすごいぞ。「薄毛連盟」「まだらのまわし」「バスターミナル池の犬」「最後の事件」……ああ、もう身体中の骨が軟骨になりそう。

 この斜麓山は相撲よりミステリが好きで、もうその喋り方から行動からシャーロック・ホームズそのもの。実際の事件が起きたらワトソンならぬ輪斗山をおともに意気揚々と推理を開始する。もちろん事件は、それぞれ「赤毛連盟」「まだらの紐」「バスカヴィル家の犬」「最後の事件」のパロディだ。だがこれが本家からさらに一捻り、本格ミステリとして実にカッチリしているから驚くじゃないか。色物だと思って半笑いで読んでたら思わず座り直したほどだ。

 最後は時代物から、天野純希『雑賀のいくさ姫』(講談社)を。雑賀というのは厳密には人名ではなく、グループ名だ。現在の和歌山県を拠点にした中世の地侍集団のこと。一般には雑賀衆と呼ばれる。戦国時代を舞台にした歴史小説や時代小説でよくその名を見るが、私の個人的なイメージとしては鉄砲集団という印象が強かった。ところが本書では、雑賀の水軍がメインだ。ほう、これは珍しい!

 フィリピンからの航海の途中に船内で内紛が起き、ひとり漂流していたイスパニア人のジョアンが、雑賀衆の鶴姫に助けられる。おりしも信長が勢力を伸ばしていた時代。鶴姫はジョアンの乗っていた船を修理して南洋まで商いに行くというのだが……。

 ものすごいスケールで描かれる歴史海洋エンターテインメントだ。当時の倭寇がどのようなものだったか、船の仕組みや操船技術、あるいは洋上での戦略戦術がどのようなものだったかがつぶさに描かれ、興奮することこの上ない。なんせ登場するのは雑賀だけではなく、村上や毛利、大友、島津など、当時の西日本の強力水軍オールスターズなのだから、面白くないはずないじゃないか!

 もちろん戦うだけじゃない。その背後でうごめく大名の思惑やジョアン自身の問題などが絶妙に絡み合う。しかもこのいくさ姫こと鶴が登場場面から徹頭徹尾かっこいい。エンタメと歴史ドラマの両方が堪能できる一作だ。

 ──と、ここまで書いたところで出たばかりの新刊に尾﨑英子『有村家のその日まで』(光文社)というのを見つけてしまった。誰だよ有村さんて! 読まなくちゃ!

角川春樹事務所 ランティエ
2019年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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