『私以外みんな不潔』 能町みね子著

レビュー

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私以外みんな不潔

『私以外みんな不潔』

著者
能町みね子 [著]
出版社
幻冬舎
ISBN
9784344033870
発売日
2018/11/22
価格
1,430円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『私以外みんな不潔』 能町みね子著

[レビュアー] 朝井リョウ(作家)

「地獄」の外側への予感

 危機的状況から救ってくれた大人に対して、感謝するより早く“先生が掛けているピンク色の、花の刺繍(ししゅう)が入ったエプロンはいかにも幼稚園の先生といった感じで嘘(うそ)くさい”と訝(いぶか)る。そんな、世界に対する疑問を簡単に消化してやらない五歳の少年の日々が、主に幼稚園を舞台に綴(つづ)られる。彼が得意とする、名簿をすらすら読むことや上手に絵を描くことより、縄跳びやかけっこが重要視される世界。少年は、粗野な言動ばかりの同級生から距離を置き、凶暴さに巻き込まれぬよう工夫を重ねるが、ある日、決定的な失敗を犯してしまう――今や多くの媒体でコラムや漫画等を発表する著者初の私小説だ。

 物騒な建物。不潔で下劣な世界。暴風が吹き荒れるようなこの空間。少年は幼稚園を様々な言葉で形容する。大袈裟(おおげさ)だと笑い飛ばせないのは、その人にとっての圧倒的地獄は形を変えて誰の人生にも聳(そび)え立つからだ。家庭、学校、職場、自分以外の人間しかいない世界を、投げ出せない自分を抱えたまま進むほかないという確固たる事実。彼は、地名や人名など、出会う単語の音や仕組みを一文字単位で鑑賞し、気に入らないものは断罪するという行為を繰り返しながらその事実を乗りこなそうと努める。細やかな単語分析は、どんな場面でも自らの正義を死守しようと努める少年の高潔さと、文末の形を揃(そろ)えるより全体のリズムを重視する等現在の著者の文章に宿る独創性、そしてそれらを手放さぬまま走り続ける困難さまでも物語る。

 特に印象に残ったシーンが二つある。少年が、苦手な男子の顔を具(つぶ)さに鑑賞したことでこれまで自信満々で描いていた絵の未完成さに気付く場面と、思い切り軽んじて臨んだ卒園式で予想外の感情に襲われる場面だ。自分を突き刺す発見と、心が動く瞬間。広大な地獄の外側を予感させる描写から、健やかに生きる未来を想像できぬまま独りで小説を書いていた幼少時代の切実さを思い出し、私は少し泣いてしまった。

 ◇のうまち・みねこ=1979年、北海道生まれ、茨城県育ち。文筆業。2006年にイラストエッセーでデビュー。

 幻冬舎 1300円

読売新聞
2018年12月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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