『世俗化後のグローバル宗教事情 世界編I』 藤原聖子責任編集

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『世俗化後のグローバル宗教事情 世界編I』 藤原聖子責任編集

[レビュアー] 塚谷裕一(植物学者・東京大教授)

宗教はどこに向かうのか

 一般に経済レベルが向上すると、人々は宗教を離れ、世俗化する傾向にある。その反面、米国のように、経済大国でありながら突出して宗教信者の多い国があることも指摘されてきた。

 日本はクリスマスから正月にかけて顕著に見られるとおり、世俗化が進み、特定宗教に束縛されない自由な国だ。それゆえ、しばしばキリスト教の国で語られるような、倫理と道徳は宗教なくしては成り立たない、といった大きな誤解とは無縁である。また進化論への反発・抵抗に向けた対処といった、無意味な教育も不要だ。私見では、次のオリンピックの際、「おもてなし」以上に世界に紹介すべき、すぐれた日本文化の一つと思う。その反面、文化人の間では、なぜか信仰心の薄さに対するコンプレックスが強く、キリスト教やイスラム教など大宗教に関する啓蒙(けいもう)書が、数多く出版されてきた。

 本書は日本国内外における宗教の動向を、四巻にわたり取りまとめたシリーズ本の一つ。タイトル通り、世俗化の進んだ今日世界において、各宗教がどういった変化を示し、どこへ向かっているのかを、専門家たちがいろいろな視点から概論する。これを読むと、キリスト教、イスラム教と一言で言っても、その中身は非常に多種多様であることがわかる。宗教全体を見渡せば、その多様さはさらに想定以上のものがあり、中医学のように、世界展開を目指す中で宗教的ルーツを否定したもの、あるいは空飛ぶスパゲッティ・モンスター教のように、キリスト教系の創造論をパロディ化し批判することから始まったアンチ宗教としての宗教まで、実に多彩だ。それぞれの活動がもたらす功罪もまた多様。編者が序論で語るとおり、宗教が今後どうなっていくかを一般論で語るのは、全く意味がない。

 ゆえに読めば読むほど、なぜ人間はこれほどまでして宗教というものを編み出したいのか、不思議の念に囚(とら)われる。逆に、宗教コンプレックスは無用のこと、とも実感できるだろう。

 ◇ふじわら・さとこ=1963年生まれ。東京大教授。著書に『ポスト多文化主義教育が描く宗教』など。

 岩波書店 2300円

読売新聞
2018年12月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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