いとうせいこう 勝負、あるいはプレイ――ウラジーミル・ナボコフ『ルージン・ディフェンス 密偵』

レビュー

9
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ナボコフ・コレクション ルージン・ディフェンス 密偵

『ナボコフ・コレクション ルージン・ディフェンス 密偵』

著者
ウラジーミル・ナボコフ [著]/杉本 一直 [訳]/秋草 俊一郎 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784105056087
発売日
2018/12/26
価格
4,320円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

勝負、あるいはプレイ

[レビュアー] いとうせいこう

 今回出た『ルージン・ディフェンス』は、以前若島正訳『ディフェンス』として二十世紀の終わりに出ており、ナボコフとチェスの両方に興味のある私は浅い知識のままながら読んでいた。新版はロシア語からの翻訳である。

 さて、中身のことを書きたいのだけれど、ナボコフ作品ではうかつなことを言えない。なぜならばひとつのことが別なことをあらわしているといった謎めいたテキストのあり方が、研究によって常に解釈の更新を生んでいるからで、研究者でもない私などが一体何を提示し得るのかきわめて心もとないのだ。

 しかも、チェスというのがまた奥深い。私はかつて近代言語学者ソシュール、現代芸術の祖デュシャン、文学者ルーセルの三人がみなチェスに没頭し、自らの仕事を放棄するほどの期間を持ち、さらにそれぞれがアナグラムといういわば言語入れ替え法に常軌を逸する熱中をすることに不思議を感じ、何年もそのことを素人研究してブログを書いていた。その間、私は彼らと同様、自分の仕事である創作が一切出来なくなっていたし、研究は幾つかの発見はあれ結論を得ずに壁にぶつかった。私は当時、言語それ自体の謎が解けるかもしれないと、真剣に考えていたのである。

 チェス、すなわちボードゲームは趣味の域を超えると人間にとって危険だということは、こうしてレベルの低い私にもわかっている。今作の主人公、通常の生活に支障があるようなタイプの知性を持つルージンが、特に勝負となった時に別世界に入ってしまい、言語や時間の把握を失ってしまう様子は、ナボコフによって初めて詳細に書かれたはずだ。

 しかも、この“異次元”は決して天才にのみ襲いかかるものでなく(ルージンはそこまでの天才棋士として描かれていない)、ボードゲームという抽象的な言語そのものの中に等しく開かれていることが小説には示されている。素人の我々にとって、ナイトは馬である。けれどもプレイヤーの中でそれは馬の姿を消し、あるパターンの「力」の純粋な効きになる。例えばそれは八方桂馬なので八つの方向に飛ぶ。その上、その効きは何手か先では消されたり(ナイトを取られて)、ナイトが動かざるを得ずに変化する可能性を持つ。

 空間と時間のきわめて抽象的な可能性世界。そこでは攻撃が防御であったり、犠牲が最大の攻撃であったり、物質が力のみの存在である。それはまるで言葉が常に文脈なしでいられず、コミュニケーションの中で意義を変えるのにも似ている。ルージンはチェスの複雑さがしかしきちんと割り切れることを好み、人同士の言葉の世界の単純な無規則さを恐れ、おそらくつまらなくも感じている。

 とすれば、まず今作はふたつの言語について書かれているのである。さらに、一般的に言語と言われるものの側でもロシア語版、英語版が生まれるのがナボコフの常であるから、テキストはいつでも別の響き、別のニュアンスをもたらしてしまう。その万華鏡的な分裂的・鏡像的なきらめきの向こうに、ボードゲームという異種の言語体系がある。

 私はここで一歩も踏み込まないが(踏み込めばまた何年も沈黙しかねないことを知っているから)、読者は是非本作のテキストの中にチェスの駒の動きを見てとって欲しい。さほどルールを知らなくてもいい。というか、知っていると大変面倒な“異次元”に吸い込まれかねないので、むしろ軽くわかっているくらいでいいのだと思う。

 すると、『ルージン・ディフェンス』がまったく別のひとつのチェスゲームに見える瞬間があるはずだ。少年期から突然時間が飛んでいる部分に関しても、すでにナボコフ自身が恐ろしいことに「レトロ解析」について英語版への序文に示している。過去の手を確実に遡っていける証拠が“盤面”に残っているという挑戦状だとすれば、一度はまり込んだ読者はそこに何があったかをテキストから読みたくなる。

 だとしたら、ナボコフはルージンという悲劇の主人公の人生をロシア語で書き、同時に読者とテキストが勝負する様子をチェス的な効きをあらわす言語で構築した、とも言えるだろう。オフェンスの白が読者であることは、『ディフェンス』という題名で示されている。ルージンは人生に負けるかに見えるが、チェスでは防御側の黒が引き分ければ、実質黒の勝ちである。

新潮社 波
2019年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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