直木賞作家が挑む、初の時代小説 『夜汐』東山彰良

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夜汐

『夜汐』

著者
東山, 彰良, 1968-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041069226
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

直木賞作家が挑む、初の時代小説

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 帯の惹句(じやつく)にある“新選組を抜けた男は、命懸けで愛する女の許を目指す”という文句を読むと、何だ、ありがちな話ではないか、と思う方もいるかもしれない。が、東山彰良のはじめての歴史・時代小説は、なかなかどうして、並大抵の代物ではなかった。問題は、その惹句の続き、題名にもなっている、“殺し屋「夜汐」の気配を感じながら――”(傍点引用者)にあるのだ。

 やくざ者・蓮八は、苦界に身を沈めた幼馴染み、亀吉の姉・八穂を救うために、一計を案じ、品川の曲三の賭場から大金を掠(かす)め取る。こうして身受けされた八穂と亀吉の姉弟は、高尾山の麓で一膳飯屋を開き、蓮八は、新選組の隊士となって身を隠す。

 が、ことのからくりを知った曲三は、殺し屋・夜汐(よしお)を差し向ける。この夜汐の存在が一筋縄ではいかない。まるで死と戯れているようでいて、時に人を戦慄せしめたかと思うと、時に人を愉しませ、それでいて、汐の匂いを身にまとい、狼の化身であるかのように現れる、死神のような男――。

 蓮八は八穂から亀吉が殺されたという文を受け取り、前述の如く隊を抜け出し、一路、八穂の許へ。それを追う土方(ひじかた)と沖田、そして待ち受けるのは、夜汐という、命が幾つあっても足りない道中ものの様相を、この一巻は体(てい)している。

 そして、この一巻にテーマがあるならば、それはラスト近く、ある作中人物が叫ぶ「どいつもこいつも命で遊びやがって」という一言。作者はもしかしたら夜汐という不思議な殺し屋を登場させて、幕末維新という激動の時代を洒落(しやれ)のめしているのかもしれない。読者は、本書のブルーを基調とした青依青(あおいあお)の装画を目にした時、もう作品世界に魅入られていよう。

光文社 小説宝石
2019年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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