福田ますみ×中野信子・対談 人はなぜ嘘をつくのか

対談・鼎談

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モンスターマザー

『モンスターマザー』

著者
福田 ますみ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103036739
発売日
2016/02/18
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

福田ますみ×中野信子・対談 人はなぜ嘘をつくのか

[文] 新潮社

福田ますみ(ノンフィクションライター)
福田ますみ(ノンフィクションライター)

織田信長はサイコパスだった?

中野 世界の百人に一人に「正義の領域」が欠けている人がいて、日本人の場合は四百人に一人程度だという研究があります。

福田 農耕民族であることが関係していたりしますか?

中野 東アジアには比較的少ないとされています。サイコパスは流動性の低い社会では生存しにくいんです。子孫を残しにくくなって、淘汰されてしまう。サイコパスの生存戦略が合わない土地柄なんでしょう。逆に流動性の高い社会だとサイコパスの嘘が暴かれないので、戦略が有効になってしまうんです。

福田 戦国時代の武将なんかはサイコパス傾向が強い方が天下が獲れそうですね。織田信長なんかサイコパスだったんじゃないかなあ。

中野 戦国時代って極度に流動性の高い社会ですよね。彼らは痛みを感じにくい性質もあるので、そういう時代に活躍します。

福田 戦場でものすごく勇敢に戦って、勲章をもらうような人もサイコパスの度合いが高いのかもしれませんね。

中野 『戦争における「人殺し」の心理学』という本を書いたD・グロスマンによれば、「撃墜王」なんて呼ばれるパイロットがいて、彼が一人で全体の四〇パーセントを撃墜するそうです。戦争ではそういう人を「英雄」と呼ぶわけです。

福田 ナチスのユダヤ人の収容所では、最初はユダヤ人を銃殺していたらしいんです。やっぱり普通の人にはそれが心の負担で、つまり良心が痛んで、続けられなくなってくる。それで考案されたのがチクロンBによる殺害だったという説があるそうです。より効率的に大量殺害をする目的もあったと思いますが。

中野 良心が痛むというのは前頭前野が健全に働いている証拠です。

か弱い女性サイコパスは批判しにくい

福田 『モンスターマザー』のお母さんは夫にひどい暴力を振るったり、つばを吐いたり、それはもうひどいんです。でも女性のドメスティック・バイオレンスは顕在化しにくいですね。逆のケースならすぐ逮捕されてしまうはずなんですが。

中野 女性によるドメスティック・バイオレンスは近年になってようやく注目されるようになってきたばかりです。夫があまり告発しないそうですね。

福田 彼女は何度か結婚しているんですが、再婚しても同じようなことを繰り返していて。元旦那さんたちにも取材したところ、出会った当初は普通の、しおらしい女性だったというんですが、結婚の約束をした途端に豹変するんだそうです。でも彼女個人には生計を立てる能力はないから離婚するのは損なはずなのに、なんで豹変するんでしょうか。

中野 計画性みたいなことを司るのは別の部分なので、サイコパスがみな無計画なわけではないですし、みな計画的というわけでもないんです。

福田 驚いちゃうんですが、暴力を振るっているのは自分なのに、堂々と警察に通報するんです。それで正当防衛だと言い張る。

中野 自分が弱者だという自認がそうさせるんでしょうね。

福田 自分は弱者、被害者だという「心的事実」のなかで生きているということなんでしょうね。

中野 女性を攻撃してはいけないという社会通念をうまく利用できる人がいるのはたしかです。また、攻撃されるかもしれないから先手を打つというパターンが多いようです。サイコパスは潜在的には女性の方に多いかもしれないと指摘する人もいます。もちろん逆の意見もあるんですが、男性のように暴力に訴えるケースが少ないため、顕在化しにくいということは考えられます。

福田 私が『でっちあげ』や『モンスターマザー』で取材してきた人たちは、一見か弱い女性たちなので、彼女たちが「学校でいじめがあった」「息子が体罰を受けている」「自殺の原因は学校だ」と訴えていると、それを疑ってかかったり、「嘘をついているのでは」と批判するのは難しいんです。しかも嘘だということが明らかになっても美談にはなりませんから……。『でっちあげ』も『モンスターマザー』も「史上最悪の読後感」とか言われました(笑)。

中野 いや、世の中に必要な本だと思います。感動本とか礼賛本とかが増え過ぎて、「世の中本当にそうなのか」という思いが膨れ上がる時に読まれるんだと思います。

(福田ますみさんの『モンスターマザー』は1月29日に文庫版が刊行されます)

新潮社 波
2019年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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