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縄田一男「私が選んだベスト5」
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
東洲斎写楽といえば、写楽は誰だったのか、という謎を追ったものが多いが、『大名絵師写楽』は、第一章でその正体が明らかになる破格の構成。主人公は版元の蔦屋重三郎で、作品のテーマは、写楽は、何故、突如として現われ、忽然として姿を消したかである。江戸前の文章も気風が良く反骨の写楽プロジェクトが次第に明らかになっていく過程も興味津々だ。
『芙蓉(ふよう)の干城(たて)』は、『壺中の回廊』に続く、江戸歌舞伎作者の末裔・桜木治郎ものの第二弾。日中戦争が近づく中、木挽座をめぐって、右翼の大物の偽装心中事件をふり出しに、さまざまな怪事件が勃発する。歌舞伎界の複雑な人間関係の中から事件の真相を暴く桜木の推理が冴え渡る。正に松井ミステリーここに極まれりだ。
『曙に咲く』は、地方出版社の力作本である。作者は、知る人ぞ知る名手、蜂谷涼だ。物語は、開拓使御雇農業方で、北海道の畜産業発展に貢献したアメリカ人、エドウィン・ダンに嫁いだ鶴の生涯を描いたもの。津軽の商家に生まれた鶴は、北海道七重村の峠下ホテルで働きはじめ、やがてダンと知り合う。当時、外国人との結婚は偏見の対象以外の何物でもなく、戸籍すら容易に入れることができない。作者は挫けぬ愛を貫いた鶴の姿を感動的に描く。
『らんちう』は、二〇一八年、『鯖』で衝撃の長篇デビューを飾った赤松利市の第二弾。リゾート旅館の六人の従業員が、総支配人を殺しましたと警察に電話をするのが発端。決定的な動機がなく、何故殺しが起こったのか。作者はぬけぬけと社会諷刺を盛り込みながら、ラストで美しくもグロテスクな真相を用意している。
昨今、何かと世間を騒がせた『地面師』は、結城昌治『通り魔』に続く(昭和ミステリールネサンス)シリーズの第二弾。今後は新章文子集が予定されている。