『ひとつむぎの手 = Hands of the Soul Savior』
- 著者
- 知念, 実希人, 1978-
- 出版社
- 新潮社
- ISBN
- 9784103343820
- 価格
- 1,540円(税込)
書籍情報:openBD
[本の森 医療・介護]『鬼嵐』仙川環/『ひとつむぎの手』知念実希人
[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)
東都大学医学部付属病院で感染症科医局長をしていた及川夏未は、上司のパワハラで退職を余儀なくされた。同僚だった夫とも離婚し、地元の姫野町でクリニックを開く父の跡を継いだ。まだ若いうえに女医であることで人気はいま一つだ。
姫野町では人手不足を補うために外国人労働者を受け入れているが、汚くて臭くて、治安も悪くなったと住民たちから目の敵にされている。若者たちは町おこしの一環として中国原産の「シャンヤオカイ」という野生の羊肉を、県の獣医大学との共同プロジェクトで開発中。美味しさは折り紙付きだ。
ある日クリニックで治療を受けていた老人が、四肢を広げ大量の吐血と下血に見舞われ、突然死する。顔は苦悶で歪み、見開かれた白目の部分が鮮血に染まっていた。
仙川環『鬼嵐』(小学館)は、この謎の病気をめぐる、ミステリーだ。感染症の専門医である夏未は原因を探ろうとするも、土地の有力者に阻まれる。エボラ出血熱のようなウイルス性の出血熱を疑うが、日本のほかの場所では患者は出ていない。
だが姫野町では次々と発症する。どうやら「シャンヤオカイ」を食べた人に広がっているようだ。果たしてこの病気は何か。
パンデミックものは今や定番の医療小説となった。インフルエンザだけでなく様々な感染症は、いつ日本を襲うかわからない。それが誰かによって仕組まれたものだとしたら? 首筋が寒くなる小説だ。
知念実希人『ひとつむぎの手』(新潮社)は、純正会医科大学付属病院の心臓外科が舞台である。この科の悩みは、過酷な勤務で医局員が減り続けていることだ。その悪循環を止めるため平良祐介が教授の赤石源一郎に命じられたのは、研修医三人の指導医になって、そのうち二人を心臓外科に入局させることだ。
医者になって9年目の祐介には、そろそろ出向の話が持ち上がるころだ。心臓外科医として一人前になりたい。そのためには心臓手術件数の多い市中病院に行かなくてはならない理由があった。
研修医三人にも思惑がある。技術を習得したいと願う者、研究に興味を示す者、子供の命を救うための医師を目指す者。心臓外科に入院してくる患者は、みな重篤であり、手術の手腕が問われる。
祐介には人に言えない秘密があり、ほかの医師にコンプレックスを感じている。半面、どんな状況にも冷静に対応し、患者の危機を救う。大学病院内の勢力争いにも巻き込まれ、研修医の指導どころか、自分の地位も危ぶまれる祐介を助けたのは、自身の医師としての矜持であった。
医師にも専門によって向き不向きがあるようだ。人を助けたいと思う気持ちがあれば、それがどんな患者であってもやりがいが生まれる。大学病院という小さな社会だけに収まらないやりがいを見つけたとき、祐介という医師はどんな成長を遂げるのだろう。見届けたい気がする。