[本の森 恋愛・青春]『私以外みんな不潔』能町みね子/『愉楽にて』林真理子

レビュー

24
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

私以外みんな不潔

『私以外みんな不潔』

著者
能町みね子 [著]
出版社
幻冬舎
ISBN
9784344033870
発売日
2018/11/22
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

愉楽にて

『愉楽にて』

著者
林 真理子 [著]
出版社
日本経済新聞出版社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784532171483
発売日
2018/11/20
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

[本の森 恋愛・青春]『私以外みんな不潔』能町みね子/『愉楽にて』林真理子

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員・丸善丸の内本店勤務)

 能町みね子氏の私小説『私以外みんな不潔』(幻冬舎)は、どうしようもなく心をざわつかせる1冊だ。主人公の「私」は幼稚園児。他の子どもより絵も字も上手で記憶力も良く、創作漫画を描くことに熱中している。一方で未熟な部分もあり、3日に一度はおねしょをしてしまう。幼稚園のトイレを一人で使えないが、先生に助けを求めることができず、乱暴な男の子に突き飛ばされても反撃できない。触られることや食べることも苦手で、受け入れ難いことが多く、プライドが傷つきまくる毎日である。

 今ではすっかり図々しい中年になり忘れていたが、私もかつては繊細で引っ込み思案な子どもだった。辛く恥ずかしい記憶が蘇ってきて、居心地が悪いような切なさが溢れてくる。親や先生、周囲の子どもたちを分析する視線の確かさと、想像の世界を広げていく喜び。ほめられた時のくすぐったさや、言いたいことがうまく言えないもどかしさ。こういう感情と記憶をみずみずしいままの状態で描けるのは、類まれな観察眼と鋭い感性を、幼稚園の頃から維持し続けているからだろう。小学生になり、やがて思春期を迎える主人公は何を感じ、どう成長するのか。続編に期待している。

 林真理子『愉楽にて』(日本経済新聞社)は、日経新聞連載時から話題になった大人の恋愛小説だ。描かれるのは甘く切ない恋物語ではない。朝の混雑した通勤電車には不向きなエロスと優雅な世界、そして男と女のシビアな本音である。

 家柄もよく地位と財産に恵まれ、古今東西の名著を原書で読みこなせる知性と、漢文や能を嗜む教養を持つ主人公の久坂。その能力を仕事に生かすことはなく、シンガポールと東京を行き来しながら野心的な30代の女たちや退屈している人妻たちとの後腐れない情事を楽しみ、京都や銀座で大人の遊びを繰り返している。その久坂に「高貴な凡庸」を持つと表現されるのは、妻から引き継いだ莫大な遺産を持て余す老舗の三男・田口。自由な立場だが、強い母親に翻弄されがちな上、過去の恋愛や妻の記憶に囚われていて、自由に恋愛を楽しめない。

 超ハイスペックな50代のモテ男二人を中心に描かれる富裕層の遊びと暮らしには、とにかく好奇心をそそられる。縁のない世界をこっそり覗き見ているようで楽しい。そこで男たちが見せる恋愛観や繰り広げられる女性談義は、あけすけでリアルで、いろいろな感情を刺激される。あまた出てくる女たちの中で、特に印象的なのは中国人の実業家・ファリン。男たちの思い通りにならない彼女の存在が、物語を引き締める。人間の欲望や本音を、これでもかというくらいに詳細に描き切ってしまう林真理子という作家は本当に恐ろしい。何年読み続けても、目を離すことのできない魅力がある。平成の源氏物語と言うべき傑作である。

新潮社 小説新潮
2019年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加