クルマ愛にあふれる横山剣の、71台の恋人たちに捧げる「イイネ!」な一冊

レビュー

5
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

僕の好きな車

『僕の好きな車』

著者
横山剣 [著]
出版社
立東舎
ISBN
9784845633180
発売日
2018/11/16
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

クルマ愛にあふれる横山剣の、71台の恋人たちに捧げる「イイネ!」な一冊

[レビュアー] 足立謙二(ライター)

FORD MUSTANG GT ’65 5歳のとき、本牧を走る姿を見て“顔力”にシビれた
FORD MUSTANG GT ’65 5歳のとき、本牧を走る姿を見て“顔力”にシビれた

 日本で最も、クルマのカッコよさが引き立つ街って、横浜じゃないかと思うことがあります。洗練されたエキゾチックな街並みと、外国船もやってくる港の空気と、京浜工業地帯のちょっと無骨なイメージとが小気味よく重なる目抜き通りの片隅に、ちょっと年季の入ったスポーツカーなんかがひと休みしている光景は、洗練されすぎた銀座や渋谷といった東京とは違う、愛おしさがにじみ出てくる気がするのです。

 そんなクルマが映える街・横浜の空気の中で少年時代を過ごし、粋なサウンドを聞かせるのが、クレイジーケンバンドのリーダー、横山剣さんです。5歳の時、本牧で目撃したフォード・ムスタングの容貌にとりつかれ、一時はプロのレーサーになる夢を抱いたこともあるという剣さん。「ベレット1600GT」、「BRAND NEW HONDA」など、クルマの名前や関連用語が曲のタイトルや歌詞の中に頻繁に登場することでも知られています。そんな、クルマ愛に溢れたミュージシャンによる、尋常ならざるクルマへの思いを書き綴った一冊、それが『僕の好きな車』です。

ISUZU BELLETT 1600GT-R 15歳のとき、ベレGは“異界”へとワープさせる車になった
ISUZU BELLETT 1600GT-R 15歳のとき、ベレGは“異界”へとワープさせる車になった

 2012年から6年に渡り雑誌『POPEYE』に連載された人気コラムをまとめたこの本。収録されているクルマは71台に上ります。その種類は年代、生産国を問わず、街でよく見かける国産大衆車から超の付く高級車、バリバリのレーシングカーに、剣さん自身、写真でしか見たことがないような幻の名車、中にはマツダ「ボンゴ」のようなほぼ商用車なものまで、その趣味はあまりに多岐に渡っています。ご本人は大型トラックやバスにまで手を伸ばそうとして、さすがに思いとどまったとか。

 おそらく、通常の自動車評論家やモータージャーナリストの著書ならありえないラインナップ(しかも出てくる順番もバラバラ)でしょう。名著『間違いだらけの自動車選び』で知られる徳大寺有恒さんから、後継者に推されそうになったこともあるというその遍歴は伊達ではないことが、目次の段階から伝わってきます。

 その意味で、系統立てたクルマの知識を身につけようと思う読者はかなり戸惑うかもしれません。でも、この本には、読んだ人がクルマを大好きでたまらなくなる要素がぎゅうぎゅうに詰まっています。

AUSTIN-HEALEY 100-4 51歳のとき、オースティン・ヒーリーが少年の頃憧れた世界への「パスポート」になった
AUSTIN-HEALEY 100-4 51歳のとき、オースティン・ヒーリーが少年の頃憧れた世界への「パスポート」になった

 難しい専門用語はほとんど出てきません。燃費など、普通に車を買うときに気にしたくなる細かいデータもあまり見当たりません。そのかわり、クルマごとのハマる風景、乗りながら聴くならこんな曲、好きな女性に例えるなら……、などなど、クルマを心底楽しむためのアイテム選びにかけては、この本の右に出る書はないかもしれません。自ら作詞も手がける剣さんならではの、意外な視点の組み合わせの妙が随所に光っています。

 登場するクルマの中には、キャデラックCTSやクライスラー300 SRT8など剣さんが連載中に購入した最新の車種もありますが、大半は数十年以上前の旧車が中心。表紙を飾る、日野コンテッサ900スプリントなど、こんな国産車が存在したのかと驚かされました。このクルマなどは最たるものですが、ここに載っているクルマのほとんどを今の日本の道路で見かけるケースはそう多くはないかもしれません。でももし、それらのクルマを実際に見かける機会に恵まれたら、かつて見たことがあるにもかかわらず何ら意識していなかった一台が、この本を読む前に見たのとはとは全く違う興奮を覚えることでしょう。

PRINCE SKYLINE 1900 DELUXE 2歳のとき、生涯脳内に焼き付くだろう“家族の車”と邂逅した
PRINCE SKYLINE 1900 DELUXE 2歳のとき、生涯脳内に焼き付くだろう“家族の車”と邂逅した

 例えば、1972年型カローラ・レビン。1970~80年代当時、どこででも見かけたごくありふれた2ドア国産車に、剣さんが付けたフレーズは“京浜工業地帯がよく似合う、タバコを吹かすキティちゃん”。無骨さと愛くるしさが絶妙に混ざりあった、草の根アイドルとでも言うべきでしょうか。こんな、剣さんならではのオリジナリティに溢れた言葉が71台のクルマたちの魂と融合し、新たな輝きを放っているのです。まるで、ミニカー集めが大好きな少年のような気持ちで語る剣さんの、ニコニコした表情が浮かんでくるようです。

 剣さんは、この6年の連載期間中に自分の車を都合4台乗り換えたとか。移り気と言ってしまうと身もふたもないかもしれませんが、剣さんにとってクルマの乗り換えは“上書き保存”ではなく、しっかり履歴を残す“別名保存”ではないかと思います。乗るたびに知るたびにクルマという恋人が増えていく。それは相手が生身の人間ではなく、クルマだからできる楽しみ方でしょう。

 その履歴書というべきこの一冊。登場する71台、すべてのクルマに「イイネ!」を送りたい!

立東舎
2019年1月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

立東舎

  • このエントリーをはてなブックマークに追加