【ニューエンタメ書評】米澤穂信『本と鍵の季節』松井今朝子『芙蓉の干城』ほか

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ニューエンタメ書評

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

 今回は二〇一九年の最初ということで、今年もよい本にめぐりあえるように、本を題材にした作品から始めたい。

“永遠に終わらない物語”は、本好きなら誰もが憧れるのではないか。直木賞の候補になった森見登美彦『熱帯』(文藝春秋)は、この“永遠に終わらない物語”に挑んだ作品といえる。

 本書の中心に置かれているのは、佐山尚一の『熱帯』なる小説である。『熱帯』は読んでいる途中で消える謎の本で、『熱帯』を読んだことがある人間は情報を交換し、どんな物語だったかを再構築するサークルを作っている。物語は『千一夜物語』のように、『熱帯』を手にした人間たちが『熱帯』に導かれるように経験した冒険譚を語ることで進んでいく。

 やがて物語は、現実と幻想の境を曖昧にし、『熱帯』を探している人物が、『熱帯』の登場人物のようになるなど迷路のように入り組んでいく。『熱帯』がどんな物語かを探る展開は、欲しい本を探す、楽しみながら本を読み続きを予想する、読んだ本について誰かと語り合うといった読書の醍醐味と重ねられている。それだけに本書を読むと、なぜ人は物語を欲し、読書に勤しむのか、その本質を考えさせられる。

 米澤穂信『本と鍵の季節』(集英社)は、高校の図書委員の堀川次郎と松倉詩門が、日常の謎に挑む連作集である。

 女の先輩に祖父が残した金庫の鍵の番号を調べて欲しいと頼まれる「913」は、本好きなら思わず膝を打つ暗号もの。自殺した生徒が読んでいた本を探して欲しいと頼まれる「ない本」も、図書委員という設定が活かされていた。松倉の父が隠したという大金を探す「昔話を聞かせておくれよ」、そして最終話「友よ知るなかれ」では、全編にちりばめられていた伏線が回収され思わぬ真相が浮かび上がることになる。

 各編の謎が解かれると、人間の醜い一面や現代の高校生が直面している深刻な問題が暴かれ、堀川と松倉の推理が必ずしも関係者を幸福にしないので全体にビターなテイストになっているが、これは著者の青春ミステリの正統的な進化といえる。ラストの余韻も、リドルストーリーを作中作として織り込んだ『追想五断章』を書いた著者らしい。

 洋食を題材にした伽古屋圭市『冥土ごはん 洋食店 幽明軒』(小学館文庫)も、連作ならではの仕掛けを用いている。

 人形町にある幽明軒は普通の洋食屋だが、時折、訪れる死者に最後の食事を提供しあの世に導く役割も担っていた。

 大正十五年に死んだ女は、華族の息子と恋仲だったが、相手が金持ちの娘と結婚することになり、別れを決意したらしい男がご馳走してくれる予定だったライスオムレツを注文する。平成十一年に死んだ男は、高度経済成長期に懸命に働くもバブル崩壊でリストラされた。親の反対を押し切り料理人になった息子は成功し、久々に息子に会った男はナポリタンを頼むが、息子にナポリタンみたいに時代遅れといわれたと思い、そのナポリタンが食べたいという。店主は死者に食事を饗すると共に、料理に関するわだかまりを解決しあの世に送るのだが、店を訪れる死者は亡くなった年代が違うだけに、その時代その時代の料理の薀蓄が描かれ、それが解決の重要な手掛かりになるので題材と謎解きの融合が鮮やかである。

 本書の収録作はどれも、死は終わりではなく、生きた証は誰かに受け継がれるというテーマを描いている。これが凝縮した最終話は、新たな一歩を踏み出す勇気を与えてくれるだろう。

 白井智之『お前の彼女は二階で茹で死に』(実業之日本社)も連作集だが、赤紫色の皮膚を持ち強い粘液を出すミミズ人間、全身の皮膚が脱皮のように剥がれる皮膚病のトカゲ人間などが関係するエログロ満載の事件が描かれる。

 長く差別と偏見に苦しむミミズ人間のノエルは、自殺をする前に少女をレイプしようと考える。だが一人犯した後も死ねず、レイプをしながら全国をまわることになる。ノエルが犯罪を実行した場所では、タレント女医の息子の死体が獰猛な肉食ミミズの水槽で食い荒らされる、外部との出入りができない温泉宿で、女将が殺されて首を切られ、トカゲ人間の息子も密室から死体で発見されるなどの不可能犯罪が起きていた。特殊な状況とキャラクターがからむ殺人を描いているが、残された手掛かり、事件時の関係者の動きなどを過不足なく使って謎を解くところは徹底したロジックとフェアプレイが貫かれている。謎を解くのが、妹を自殺に追い込んだ人間たちに復讐している刑事のヒコボシではなく、ヒコボシに監禁されている天才女子高生マホマホという設定も面白い。

 本書を読み進めると、ミミズ人間やトカゲ人間は社会に居場所がなく、貧困に陥りやすいマイノリティの暗喩だと気付く。そのため複雑に入り組んだ物語が思わぬ形で繋がる最終章になると、マイノリティ救済のビジョンも描かれるが、単純なハッピーエンドになっていないところに、多様性を認める社会を作ることがいかに難しいかが示されているように思えた。

 野阿梓の十年ぶりの新作となる『月夜見エクリプス』(徳間書店)も、過激なセックス描写では負けていない。

 商店街の用心棒をしている竜也は、性的な暴行を受けていた名門高校に通う美少年の朱雀を救う。これを機に、二人は竜也が借りた一室でセックスをするようになるが、朱雀が姿を消す。朱雀を探す竜也に、公安調査庁が接触してきた。朱雀は新興宗教・白鳳教団の教祖の息子で、父の死後に跡を継いだ異母兄の玄晶らが、堕落した近親者の幹部を粛清したらしい。公安調査庁は、麻薬などを購入している白鳳教団がテロを起こす危険があるので調査して欲しいと竜也に頼む。朱雀を救い出すため教団施設に潜入した竜也は、玄晶と妹の百合音に弄ばれている朱雀を目にする。

『バベルの薫り』などと比べるとソフトだが、同性愛、近親相姦、SMなどの性描写が連続する。朱雀たちが繰り広げる性愛が、記紀神話の独自解釈(これを突き詰めると、天皇家を万世一系とする歴史観の是非に繋がる)、宗教とテロの関係、日本の危機管理の甘さなど、歴史、文化、社会の諸問題を浮かび上がらせていく。エロスと政治を結びつけた三島由紀夫「憂国」を彷彿させる世界には、圧倒されるはずだ。

 昭和初期を舞台に、江戸の歌舞伎作者の末裔・桜木治郎が探偵役を務める松井今朝子『芙蓉の干城』(集英社)は、『壺中の回廊』の続編である。

 右翼団体の幹部・小宮山正憲と大阪の芸妓・照世美の死体が見つかる。二人は歌舞伎の殿堂・木挽座で名女形の荻野沢之丞の舞台を見ていたが、いつの間にか姿を消したらしい。同じ日、木挽座では、治郎の妻の従妹・大室澪子が、陸軍の磯田遼一と見合いをしていた。澪子は、小宮山たちを黒い影が覆ったのを見たという。治郎は木挽座の関係者から話を聞いていたが、その矢先、大道具の杉田が殺されてしまう。

 物語は、麻薬の売買で右翼団体の財政を支え、歌舞伎界のタニマチでもあった小宮山を殺した犯人の捜査、沢之丞の孫の妖艶な美少年で早世した父・宇源次の名跡を継ぐことが決まった藤太郎の動向、左翼劇団の女優ながら、武力を使って天皇を中心とする理想の国を作り貧しい人たちを救おうとしている磯田に惹かれていく澪子の恋愛の行方などが同時並行して進む。一見すると無関係に思えるピースが集まり、意外な絵を浮かび上がらせるプロット重視のミステリで、小宮山殺しの動機は、昭和維新をなそうとした青年将校の志と二重写しになっている。ここには少数の人間が力を使って社会をドラスティックに変えることの是非を問う視点があった。

 鳴神響一『鬼船の城塞 南海の泥棒島』(ハルキ文庫)も、巨大帆船を操る海賊・阿蘭党に襲われ虜囚となった鏑木信之介の活躍を描く〈鬼船の城塞〉シリーズの第二弾である。

 前作のラストで二隻の帆船を失った阿蘭党は、交易ができない危機的状況にあった。漂着した西洋式小型帆船を手にした阿蘭党は、新たな帆船を購入するため危険を承知で出航するが、嵐で漂流しテニアン島に流れ着く。そこでエスパニアの支配地から逃れてきたタガ族に助けられた阿蘭党は、再びエスパニアの帆船と戦うことになる。

 海戦も、敵船に乗り込んでの斬り合いも前作より不利な状況で行われるだけに、スリルと迫力が増している。タガ族を見下すエスパニア人と、同じ人間と考える日本人の対比は、今、全世界で進む分断の縮図であり、重厚なテーマを徹底したエンターテイメントとして描いた著者の手腕が光る。

 中路啓太『ゴー・ホーム・クイックリー』(文藝春秋)は、日本国憲法制定のプロセスを、内閣法制局の佐藤達夫の視点で描いている。本書は、日本国憲法の草案がGHQから押し付けられたとしているが、英語の原案を日本語に訳し、日本の国情や国民感情などを考慮しながら、時にGHQとやりあいつつ成文化の作業を進めた佐藤たちの苦労と努力を丹念に追うことで、押し付けられた憲法なのだから早期に改憲すべしとの流れに一石を投じようとしている。改憲が現実味を帯びているからこそ、今の改憲論者が、佐藤たちほど憲法に真摯に向き合っているかを考えずにはいられないはずだ。

 最後に、これからの活躍が期待できる新人を二人紹介したい。戸田義長『恋牡丹』(創元推理文庫)は、ホワイダニットの「花狂い」、変則的な倒叙ものでハウダニットが主眼の「願い笹」などバラエティ豊かな謎解きに、探偵役の同心・戸田一家の物語をからめた人情味も強い作品になっている。

 第十二回ミステリーズ!新人賞を受賞した「監獄舎の殺人」が、日本推理作家協会と本格ミステリ作家クラブの年刊アンソロジーに収録される鮮烈なデビューを飾った伊吹亜門の初の単著『刀と傘 明治京洛推理帖』(東京創元社)は、「監獄舎の殺人」を含む連作集。探偵役の江藤新平と鹿野師光は、暗殺を警戒し知人でなければ戸を開けなかった志士が殺される、密室状況で刺殺体が発見される、処刑直前の囚人が毒殺されるなどの謎に挑む。架空の事件を佐賀の乱へと至る維新史にからめたところ

角川春樹事務所 ランティエ
2019年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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