触れられることの少ない「日中戦争」を新書で知る 全3部

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決定版 日中戦争

『決定版 日中戦争』

著者
波多野 澄雄 [著]/戸部 良一 [著]/松元 崇 [著]/庄司 潤一郎 [著]/川島 真 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784106107887
発売日
2018/11/16
価格
968円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

これまで多くを語られることのなかった“歴史”を平易に解説

[レビュアー] 板谷敏彦(作家)

 近代日本の対外戦争の中で最も長く、全体の犠牲者の数でも日米戦を凌駕する日中戦争。一方で南京事件の犠牲者の量的問題を巡る議論は盛んだが、戦争全体に関しては映画・TVや漫画・小説の題材にされることは多くなく、日本人の間であまり知られてはいない。

 二〇〇六年秋、第一次安倍内閣と胡錦濤国家主席の合意に基づいて両国の支援の下、「日中歴史共同研究」が開始された。だが両国の歴史認識が一致する事はなく、〇九年末には研究の一部の報告書が静かに公表された。その後一〇年に今度はその日本側の研究者達によって『戦争を知らない国民のための日中歴史認識』(勉誠出版)が刊行されたが、専門性が高く、一般読者層に対する話題性は低かった。

 本書はその際に近代史を担当したメンバーに、中国史の川島真、元財務官僚で財政史の松元崇という重厚なメンバーを加え、共同研究以降も勉強会を重ねてきた成果の一部である。

 本書は三部から構成される。

 第一部が張作霖爆殺事件から戦争の発端となる盧溝橋事件とその後のエスカレーションについて。第二部は南京事件に至る第二次上海事変。特に国際メディアとの関係から、またこれまで戦争とあまり結びつけられなかった財政史からの補完は貴重である。第三部は戦争の収拾について、日中戦争と日米交渉すなわち日米開戦の経緯。対中国では負けた実感が無かった日本陸軍。また戦後の蒋介石の有名な「以徳報怨」という言葉の背景、終戦後も七千人近くの死傷者を出した中国からの撤兵など、これまであまり耳目に触れることのなかった歴史が書かれている。

 今や隣国中国は経済成長を遂げ、米国との覇権を争うこの時代、この戦争の歴史的知見無しでは将来像も結べまい。アカデミズムの立場から新書形式で提供されたこの一冊は、日中戦争史の基準となる本である。

新潮社 週刊新潮
2019年1月17日迎春増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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