【自著を語る】『金融商品取引法への誘い』

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金融商品取引法への誘い

『金融商品取引法への誘い』

著者
川口 恭弘 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/法律
ISBN
9784641137974
発売日
2018/08/01
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

『金融商品取引法への誘い』

[レビュアー] 川口恭弘(同志社大学法学部教授)

〔ここは、京都市東山区祇園のとある小料理屋の一室。秋の夜長に、『金融商品取引法への誘い』の出版を記念して、編集者のYМさんと、「何か美味しいものを食べよう!」ということになった。〕

1 先付け〔「セコ蟹(松葉ガニの雌)」をアテに、まずは、生ビールで乾杯!〕

川口「『金融商品取引法への誘い』の出版で、お世話になりました。YМさんから、「金商法の入門書を書きませんか?」というお誘いを受けて、5年近くが経過してしまいました。この間、辛抱強く、待っていただきました」

YМ「いえいえ。もっと長きにわたり苦闘している企画もありますので(笑)」

川口「実は、当初、承諾の返事はしたものの、なかなか、筆が進みませんでした……。その当時、河本一郎先生と大武泰南先生の共著『金融商品取引法読本』(有斐閣)の改訂のお手伝いをさせてもらい、それが出来上がったばかりでした(書名は、『新・金融商品取引法読本』)。そこでは、ページ数の削減が至上命題でしたが、これが大変で……。どの世界でもリストラは骨が折れますね。また、私なりに、持てる力を出し尽くしたという感じでした。そのため、「これ以上、金融商品取引法に関わりたくない、顔も見たくない……」という心境だったのです。さらに、別の出版社ですが、かなり前にお約束した企画の本があり、それも十分に進んでおらず、優先順位の問題もありました」

YМ「ご事情は、お聞きしていましたので、少し時間がかかると覚悟していました」

2 椀物〔「松茸の土瓶蒸し」を白ワインで)

川口「秋の味覚の王者、松茸の登場ですね! 話を元に戻しましょう。転機は、昨年の春に、河本一郎先生がお亡くなりになったことなのです。まさに、「巨星堕つ」でした。私は、神崎克郎先生の門下生でしたが、大学院時代から、河本先生にも、大変お世話になりました。プライベートでは、ゴルフをご一緒しました。90歳を超えても、お元気にドライバーを振っておられました。ご自宅まで、車でお迎えにあがるのですが、車中での先生のお話は学問的にも刺激的なものばかりで、本当に勉強になりました。神崎先生が亡くなられた時には、私は何も出来ませんでした。おこがましいですが、「河本先生と神崎先生からの学恩に対して、何かトリビュートの仕事ができないか?」、この思いが、『誘い』の執筆に繋がったのです。「あとがき」での両先生への謝辞を書くために、本書を上梓したといっても過言ではありません。証券取引法・金融商品取引法の発展を理論面から支えてこられた両先生ですので、本当は、研究成果をまとめたモノグラフでお応えしなければならないのですが……。今後の課題とさせてください」

3 向付け〔「お造り盛り合わせ」を純米酒で〕

YМ「おや、この白身の刺身はオコゼのようです」

川口「私も大好きな魚です。見かけと中身がこれほど違うものはありません。最初に食べた人は偉いと思います。漢字では、「虎魚」「鰧」と書くそうです。これも、とても読めませんね」

YМ「そういえば、『金融商品取引法への誘い』の「誘い」も「いざない」と、発音してもらえるでしょうかね(笑)?」

川口「そうなのです! それに気が付き、間際で、カバー(表紙)の書名にルビを打ってもらいました(笑)」

YМ「『誘い』というのは少し変わった書名です」

川口「この件は、私が固執して、無理をお願いしたかと思います。本書のあとがきにも書いたのですが、入門書は、その道を究めた達人が書くもので、とても、私はそのようなものを書くことはできません。しかし、金融商品取引法の面白さを伝え、その入口に誘うことはできるのではないか。いささか変わった表題はそのような思いを込めてつけたものです」

YМ「企画の打ち合わせでは、金融機関に限らず、広くビジネスパーソンを読者対象とするということでしたね」

川口「そうです。金融商品取引法を勉強しようと思っている人たちで、法律に接したことのない読者も想定し、スムーズに本書を読めるように、なるべく平易な記述を心がけました。また、最近は、法学部で金融商品取引法を講義する大学も増えてきました。商学部や経済学部の学生さんも、金融商品取引法の知識は役に立ちます。これらの読者が独学で学ぶことができるように、丁寧な説明を心がけるようにしました」

YМ「「初学者が気軽に手に取れる本を!」というのが企画のコンセプトでした」

川口「四六版という比較的コンパクトなサイズと約200頁というボリュームは、物理的にも、手に取りやすいものですね」

4 鉢肴〔「甘鯛の塩焼き」を吟醸酒で〕

YМ「さて、夕食のメインの一つが運ばれてきました。こちらも、本日のメインですが、本書は、これまでの金融商品取引法の入門書と大きく違っていますね」

川口「はい。まず、金融商品取引法の内容を概説するものではありません。概説書は、法律の体系に従って、その概要をまんべんなく紹介するものが多いのですが、本書では、その体系自体を破壊してしまいました……。法律の体系からいうと、まず、規制の対象となる「有価証券」などの定義、さらに、情報開示の規制……、と続きます。確かに、法の適用範囲を明確にしたうえで、条文の順序に従って内容を明らかにするというのは、王道です。しかし、この部分は、技術的な規定が多く、内容も結構地味なのです。もちろん、法律で規定されている以上、不要なものはないのですが、授業では、間違いなく、学生の居眠りに遭遇してしまいます。そこで、講義では、学生の興味を引き付けるため、インサイダー取引から話をすることにしています。本書でも同じ手法を採用し、序章に続き、第1章を「不公正取引の規制」として、インサイダー取引規制を取り上げました。
 さらに、そのつぎに、第2章は「企業買収に関する規制」としました。この部分は、会社法と密接に関係するところです。「同志社物産株式会社」(新島襄次郎社長)という架空の会社をめぐるストーリーをもとに、法規制を説明することにしました。不真面目とおしかりを受けるかもしれませんが、内容は極めて真面目です。また、いまのところ、私の所属大学から苦情は届いていません(笑)。
 そして、第3章が「開示の規制」です。先にも述べたように、この部分はやや地味なのですが、読者により身近に感じてもらえるように、実例などを資料として載せることにしました。
 最後が、第4章「業者の規制」です。金融商品取引法は、いろいろな規制の寄せ集めという側面が強いのですが、その中心の一つは、証券会社(金融商品取引業者)の規制です。これは、証券会社に勤める人のためのものと思われるかもしれませんが、実は、われわれにも深く関係するものなのです。すなわち、私たち個人も、投資家として証券投資をしており、その保護を金融商品取引法が定めているからです」

YМ「それにしても、図表が多い本ですね。図表と資料で100を超えます」

川口「この点も、編集作業でご面倒をおかけしました……。日頃、頭の整理のため、講義・報告レジュメで事例などを図式化することを行っていますが、これを本書でも使ってみました。文章だけですと無味乾燥な内容も、ビジュアル化することで理解が進むものもあるように思います」

5 主菜〔「鱧鍋」を芋焼酎のロックで〕

YМ「さて、料理はクライマックスを迎えました。最後に、金融商品取引法を学ぶ意義・重要性はどこにあるでしょうか?」

川口「私が勉強を始めたころ、まだ、証券取引法の時代ですが、論文を書いても、「商法」の扱いはされず、「諸法」に分類されていました。また、当時は、大蔵省が箸の上げ下げまで詳細を決めていましたので、ある先生からは「おまえは、行政法を勉強しているのか?」と言われたこともあります(笑)。確かに、証券取引法は、証券会社のための法律、あるいは、せいぜい会社の経理担当者に必要な法律と思われていました。しかし、証券市場の発展や企業の資金調達方法の変化(間接金融から直接金融への移行)、さらに、国民の多くが証券投資を行うなかで、現在では、その評価は一変しました。名前は変わりましたが、金融商品取引法は、会社の経営や業務の運営に欠かせない法律、すなわち、『広義の会社法』となっています。一例をあげると、企業買収の法規制は、会社法のみでは不十分で、金融商品取引法の規制の理解が不可欠な時代となっています。かつては、大学の図書館で、証券取引法の本は「諸法」の欄にこっそりと置かれていました。それが、今日、書店の法律書のコーナーで一番目のつくところに、会社法と並んで、金融商品取引法の本が並べられています。この点、隔世の感を覚えます。
 他方で、このような重要性にもかかわらず、金融商品取引法は、初心者が学ぶには、少々やっかいな法律です。条文数は多くて、しかも読みにくい、政令や内閣府令に詳細が委ねられている、これらが、毎年のように改正される……。これでは、金融商品取引法を学ぼうとしても、その前で立ち止まってしまう人が多いのは当たり前です。金融商品取引法の学びの契機(きっかけ)として、本書が、少しでもお役に立てれば、これに越したる喜びはありません」

6 水菓子〔「季節の果物」と「宇治茶」〕

YМ「食事も終わり、そろそろ、お開きの時間のようです」

川口「今日は美味しい料理をいただき、少し飲み過ぎました……。大言壮語の部分は、酒の席ということで忘れてください」

YМ「しかし、この内容、弊誌『書斎の窓』に掲載されるのですが……」

川口「……」

〔本稿は、「自著を語る」のために創作したもので、もとより、現実の会話そのものではありません。文責はYМさんの発言部分も含め、すべて筆者にあります。〕

有斐閣 書斎の窓
2019年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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