ガルシア=マルケスの語りの力 冷戦期の「東欧」を行く

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ガルシア=マルケス「東欧」を行く

『ガルシア=マルケス「東欧」を行く』

著者
ガブリエル・ガルシア=マルケス [著]/木村 榮一 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784105090203
発売日
2018/10/31
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

冷戦期、30歳のマルケスが見聞きした「鉄のカーテン」の向こう側

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

「私はそれまで、朝食をとるという、日常生活の中でももっとも単純な行為をしているだけなのに、あれほど悲しげな顔をした人たちを見た覚えがなかった」

 読み始めて十ページほどでこの言葉に引き寄せられた。彼らの目の前には山のようなジャガイモや肉や目玉焼きがある。なのに表情は一様に暗く沈んでいる……。

 旧東ドイツのハイウェイでたまたま入った国営レストランでの朝食のシーンだ。ときは一九五七年。まだベルリンの壁は築かれていない。ジャーナリストだった三十歳のガルシア=マルケスは友人二人と「鉄のカーテンの向こう」を見ようと単純な思いつきで西ドイツの国境を越えたのだ。鋭さとユーモアを併せもった口調は、冷戦時代なんて過去のことだと言わせない。

 西ベルリンにはアメリカ製品があふれ、たった一ドルでアメリカなら最高クラスに入るホテルに泊まれる。かたや、東ベルリンは砲弾の跡が生々しく、トイレも水道も通っていない場所でひしめきあうように人が暮らしている。でも、西ベルリンのように虚構のにおいはしない。

 ベルリンからライプツィヒ、プラハ、ワルシャワへと足をのばす旅は本書の白眉だが、モスクワや動乱後のハンガリー訪問からも、同じ共産圏でも国によって人の態度も暮らしぶりも違うことが、卓越した観察力により伝わってくる。

 土地が広大すぎて、人間がケシ粒のようにしか見えないソビエト連邦では、人々が情熱的だ。たまたま目にした自転車を褒めたドイツ人は、その言葉に舞い上がった持ち主の若い女性から、「進呈します!」と彼の乗る列車の窓に自転車を投げ入れられ、頭にケガをする。こういう狂熱と気前ゆえにソビエト人の前では「うっかりしたことは言えな」い。

 語りの力がすばらしい。結局、何を見たかではなく、それをどう言葉にするか、なのだ。

新潮社 週刊新潮
2019年1月24日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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