翻訳大国ニッポンにまだまだ少ない“翻訳者”への賞〈トヨザキ社長のヤツザキ文学賞〉

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哲学とはなにか

『哲学とはなにか』

著者
Agamben, Giorgio, 1942-上村, 忠男, 1941-
出版社
みすず書房
ISBN
9784622086000
価格
4,400円(税込)

書籍情報:openBD

翻訳大国ニッポンにまだまだ少ない“翻訳者”への賞

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 二十代から四十代のはじめにかけてイタリアで過ごし、夫のジュゼッペ・リッカ氏と共に、夏目漱石や樋口一葉、安部公房といった日本を代表する作家の名作を翻訳して彼の国に紹介。五十代に入ってはウンガレッティやサバ、タブッキらイタリアの詩人、小説家の邦訳を手がけ、一九九一年には『ミラノ 霧の風景』で女流文学賞と講談社エッセイ賞を受賞したことから、随筆家としても健筆をふるったのが、須賀敦子(一九二九~九八年)です。

 その須賀さんの名を冠した文学賞が、二○○七年以来中断していたピーコ・デッラ・ミランドラ賞を継承するかたちで一四年に設立された、「須賀敦子翻訳賞」。イタリア語作品の優れた翻訳に対し、隔年で贈られる賞で、イタリア文化会館により授与されます。

 第一回の受賞が白崎容子・尾河直哉(ルイジ・ピランデッロ『ピランデッロ短編集 カオス・シチリア物語』白水社)と、関口英子(ルイジ・ピランデッロ『月を見つけたチャウラ ピランデッロ短篇集』光文社)。第二回が橋本勝雄(ウンベルト・エーコ『プラハの墓地』東京創元社)と、栗原俊秀(カルミネ・アバーテ『偉大なる時のモザイク』未知谷)。選考委員は岡田温司、木村榮一、柴田元幸、シルヴィオ・ヴィータ、和田忠彦となっています。

 選考委員長を務める和田氏によれば、本賞選考の基準は「訳文の質としての日本語の出来映え、作品自体の価値と翻訳紹介の意義、訳者による原作に関する綿密かつ緻密な調査の三点」(「週刊読書人」十二月十四日号より)とのことで、そのハードルをクリアした第三回受賞が、東京外国語大学名誉教授の上村忠男(ジョルジョ・アガンベン『哲学とはなにか』)。

 翻訳大国ニッポンと言われていますが、小説家に与えられる賞に比して、翻訳家を対象にした賞は、まだまだ少ないというべきです。日本翻訳大賞と共に、この須賀敦子翻訳賞がもっとメジャーになり、長く長く続いていくことを祈るばかり。浅学非才なトヨザキはアガンベンの思想に関して無知もいいところですが、これを機会に、受賞作を購入したいと思います。

新潮社 週刊新潮
2019年1月24日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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