あの一葉はどこへ……

レビュー

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ゴールデン街コーリング

『ゴールデン街コーリング』

著者
馳 星周 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041070017
発売日
2018/12/27
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

あの一葉はどこへ……――【書評】『ゴールデン街コーリング』北上次郎

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

 一枚の写真を思い出す。右に馳星周、左に中場利一、真ん中に私が立っている写真だ。バックは岸和田の商店街。この写真については、馳星周が本名の坂東齢人名義で「本の雑誌」に書いていた新刊書評をまとめた書評集『バンドーに訊け!』が文春文庫に入ったとき、その解説で触れたことがある。とても気にいっていた写真である。坂東齢人がもう小説を書きあげていて、ゲラに手を入れているところだということを、そのとき角川の宍戸が言った。つまり馳星周が『不夜城』でデビューする前夜といっていい。だから、一九九六年の春ごろだろう。あれからもう二二年がたってしまったのかと思うと感慨深い。

 馳星周が作家になる前、どういう書評を書いていたのかは、この『バンドーに訊け!』を読めばいい。こんな書評、読んだことがない、というくらい新鮮だ。いつも異様に枕が長く、内容に触れることは滅多になく、読んでいるときの自分の感情だけをまっすぐに伝えてくる――そんな書評だった。作家としてデビューしたら、そのデビュー長編『不夜城』が爆発的に売れ、宝島社の「このミステリーがすごい!」の国内部門第一位、週刊文春の「傑作ミステリー・ベスト10」の国内部門第一位(この二つのベスト10の一位を同じ作品が占めたのは、それ以前には高村薫『マークスの山』のみ)となり、忙しくなったので坂東齢人は「本の雑誌」を含めて書評からいっさい身を引くことになった。「本の雑誌」に最後に書いたのは1997年の3月号である。その次号、つまり1997年4月号の「さよなら坂東齢人」という特集も思い出深い。いまその記事を読み返すと、あのころが一気に蘇ってくる。

 本書『ゴールデン街コーリング』は、馳星周が作家としてデビューする前、特に学生時代に新宿ゴールデン街の酒場「深夜プラス1」で働いていたころを描く自伝的青春小説である。この書の中に、私も本名の目黒考二として登場するので、やや書きにくいが、「深夜プラス1」の熱心な常連客ではなかったので知らない話が多く、とても興味深く読んだ。私の知っている人も出てくるが、知らない人もいて、どこまでがデフォルメされているのか、それもわからない。

 たとえば、坂東齢人が「本の雑誌」に新刊書評を書き始めたのは1991年1月号からだが(別の言い方をすれば勁文社を辞めた直後であり、学生時代ではない)、そういう現実と違っていたところで全然かまわない。私が坂東齢人に原稿を依頼したのは、札幌の映画雑誌「バンザイまがじん」の書評を読んで驚いたからだ、ということは付け加えておくが(前記した書評集のタイトルは、そのときの連載タイトルで、本の雑誌社から単行本にするときに「バンザイまがじん」編集部の了解を得て書名とした)、そういうことが省略されていたからといって、これが不正確な青春記ということにはならないのだ。真実はその時代を生きた人の数だけある。けっして一つではない。大切なのは、小説を読むことが好きで、酒が好きで、将来どうなるのか皆目わからない青年の、揺れ動く感情が、ここに鮮やかに描かれているということだ。

 しかし困ることもある。さまざまな小説のことが次々に出てくるので、これも読みたい、あれも読みたい、と気になってくるのがいちばん困る。特に、平井和正の「ウルフガイ・シリーズ」が読みたくなって、全部で何作あるのか調べてしまった。

 ところで、岸和田の商店街のアーケードの下で、馳星周、中場利一と一緒に並んで撮った写真だが、『バンドーに訊け!』の文庫解説を書いたときはあったのだが、その後どこかにいってしまい、いくら捜しても出てこない。いったいどこにあるのだろうか。時間があるたびに捜してはいるのだが、まだ出てこないのである。

KADOKAWA 本の旅人
2018年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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