ゴー・ホーム・クイックリー 中路(なかじ)啓太著

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ゴー・ホーム・クイックリー

『ゴー・ホーム・クイックリー』

著者
中路 啓太 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163909325
発売日
2018/11/22
価格
2,035円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ゴー・ホーム・クイックリー 中路(なかじ)啓太著

[レビュアー] 小西徳應(明治大教授)

◆憲法制定を巡る歴史絵巻

 「さっさと帰れ」。その英語表現「ゴー ホーム クイックリー」をウラの意味をもつ書名とし、その頭文字でもあるGHQを副題にしている。これだけでも興味を引く。GHQが連合国軍総司令部を意味することはもちろんだが、このオモテの意味とウラの意味のせめぎあいを、占領期の憲法制定過程を主な舞台として、法制官僚佐藤達夫(のち法制局長官)の視点で描いた。

 GHQは当初、極東委員会の設立前に憲法改正をさせたかった。だが日本に対し偏見と不信感をもつ彼らは、憲法制定過程でこまごまとした注文を付ける。それに対峙(たいじ)する日本側は、早く占領を終わらせたい、望ましい憲法にしたいなど、多様なアクター(関係者)がさまざまな思いを持っていた。それぞれのアクターと佐藤の思想と行動を、局面ごとでのGHQとの葛藤を通して描いている。

 憲法制定過程については、憲法史、政治史、戦後史などの分野で研究成果が多数ある。本書はそれらの視座を幅広く取り入れ、対象時代を広げ、アクターの社会的背景にまで目を配っている。驚くほど広い立脚点から史資料を読み直し、一連のできごとを捉え直して、一つのストーリーとした。それにより日本の意思決定システムも浮かび上がらせた。

 研究書でも触れていないような事実、興味深い解釈も多数ちりばめられている。憲法の各条やその中の言葉の一つひとつがどのような意図のもとに作られたかがよくわかるし、芦田修正をめぐるGHQとのやりとりや憲法施行後の動きも興味深い。

 著者の作品はこれまでは関ケ原の合戦前後を題材とした歴史活劇が多かったが、本書では時代もアプローチ手法も大きく変えている。描写が生きいきとしていてどこが創作かわからなくなるほどで、良質のルポルタージュを読んでいるような、あるいは説明文である詞書(ことばがき)と絵が交互に出てくる歴史絵巻を見ているような気になる。小説としても良いが、関連分野の初学者、研究者にも薦めたい。憲法問題を考える際には必読である。

 (文芸春秋・1998円)

 作家。著書『火ノ児の剣』『うつけの采配』『ロンドン狂瀾(きょうらん)』など。

◆もう1冊 

 佐藤功著、木村草太解説『復刻新装版 憲法と君たち』(時事通信出版局)

中日新聞 東京新聞
2019年1月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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