誰も農業を知らない 有坪(ありつぼ)民雄著

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誰も農業を知らない

『誰も農業を知らない』

著者
有坪民雄 [著]
出版社
原書房
ISBN
9784562056132
発売日
2018/12/12
価格
1,980円(税込)

誰も農業を知らない 有坪(ありつぼ)民雄著

[レビュアー] 玉真之介(徳島大教授)

◆農家自身が書いた農業論

 農家自身が書いた農業論である。いまほど農業論が盛んな時もない。学者、企業経営者、政治家、マスコミ、評論家…。しかし、農家自身が書いたものは珍しい。その理由の一つは「農業を知らない」ことを農家は知っているからである。農業はあまりにも多様で、その全貌なんて農家でもわからない。しかるに農業を知ったかぶりして書かれている農業論が多すぎる。だから、それらはほとんどが一面的で、現場では通用しない。

 著者は、大学で経営学を学び、経営コンサルタント会社で働いたという経験を有する。現在は、二ヘクタールの田で酒米を栽培し、和牛六十頭を肥育する。その経験と経営実践を踏まえて、ビジネス感覚だ、マーケティングだ、規模拡大だ、六次産業化だ、無農薬栽培だ、とか言うありきたりの農業論を、バッサバッサと切って、切って、切っていく。その一方で、IoT(モノとつながるインターネット)や遺伝子組み換え、ゲノム編集の可能性を否定しているわけではない。

 特に力を入れて論じられるのは農薬である。「農薬=悪/無農薬=善」といった二項対立理解を徹底的に批判する。それは農業に無知な人がする議論の典型だからである。昔の農薬と今の農薬は違う。要は使い方の問題である。

 農林水産省批判、農協批判、「甘えてる」という農家批判。これと対をなす企業の農業参入推奨論。テレビをはじめ、巷(ちまた)に溢(あふ)れるこれら農業論も、日本農業が直面している現実問題の解決という観点に立てば、ことごとく一面的であり、ピントが外れている。いま成功例と言われる農業参入企業も、赤字を長年続けた後にようやく達成したものである。赤字に耐えられず撤退した有名企業は数知れない。

 農家として著者が未来に向けて行う提案で重要なのは、「兼業農家を育てよ」である。評者もまったく同感である。日本農業を救うのは兼業農家である。現場を知らない学者、マスコミ、政治家、そして農政も、根っからの専業農家信仰なので、それがまったく理解できない。

 (原書房・1944円)

 1964年生まれ。農家。著書『農業に転職する』『農業のしくみ』など。

◆もう1冊 

玉真之介著『日本小農問題研究』(筑波書房)。30年に及ぶ小農論集。

中日新聞 東京新聞
2019年1月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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