「ハッピーな不戦主義者」を目指そう。目標をつくらない穏やかな会社(カーム・カンパニー)とは?
レビュー
『NO HARD WORK!』
- 著者
- ジェイソン・フリード [著]/デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン [著]/久保 美代子 [訳]
- 出版社
- 早川書房
- ジャンル
- 社会科学/経営
- ISBN
- 9784152098337
- 発売日
- 2019/01/22
- 価格
- 1,540円(税込)
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「ハッピーな不戦主義者」を目指そう。目標をつくらない穏やかな会社(カーム・カンパニー)とは?
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
「人々は、どんどん長く働くようになっている」と指摘するのは、『NO HARD WORK!: 無駄ゼロで結果を出すぼくらの働き方』(ジェイソン フリード、 デイヴィッド&ハイネマイヤー ハンソン著、久保美代子訳、早川書房)の著者。
世界的なソフトウェア開発会社「ベースキャンプ」を創設したふたりです。
二〇年近く、僕らは、自分たちの会社ベースキャンプを穏やかな会社(カーム・カンパニー)にしようと努力してきた。
僕らの会社は、プレッシャーをかけたり、大至急という言葉でメンバーをせかしたり、追い立てたりもしない。夜遅くまでの残業や徹夜もない。果たせるはずのない無茶な計画や高い離職率もない。つねに破られる締め切りや、けっして終わりそうにないプロジェクトもない。
拡大路線は取らないし、偽物の忙しさや、見栄だけで掲げられた目標もない。「ライバル会社に追いつけ」とハッパをかけることもないし、お尻に火がつくような状態もない。それでも僕らは、このビジネスをはじめてから毎年利益を上げている。(「はじめに」より)
そうした理想的な働き方を実践しているからこそ、「現代の職場は異常だ」と主張しています。混沌を職場の日常にすべきではない、不安は進歩の必須条件ではない、とも。
では、「穏やかな会社(カーム・カンパニー)」の「カーム(calm)」が意味するところはなんなのでしょうか?
カームとは、人びとの時間と集中力を守ること。
カームとは、一週間あたりの労働時間を約四〇時間におさめること。
カームとは、現実的な見込みを立てること。
カームとは、充分な休日があること。
カームは、比較的小さい。
カームは、くっきりみえる境界線。
カームは、会議を最後の手段とする。
カームは、まずはメールなどの受動的なコミュニケーション・ツールで、その次にリアルタイムでコミュニケーションを取ること。
カームとは、みんなが独立していて、相互依存が少ないこと。
カームとは、息の長い持続可能な営み。
カームは、採算性が高い。 (「はじめに」より)
しかしカーム・カンパニーの経営は、最近の会社の経営法として標準的ではないともいいます。とはいえ必要なのは、社内の有害な慣習を取り除くこと。
そのために、まずは「仕事でテンパる」状態はまともではないと気づくべき。よって本書では、そこに到達し、留まる方法を紹介しているわけです。
冒頭の「大志は抑えて」の中から、基本的な考え方を抜き出してみることにしましょう。
がんばり(ハッスルし)すぎるな
「ハッスル(hustle)」という言葉は、裕福な人を出し抜く貧しい勝負師をあらわす「ハスラー(hustler)」と同じ語源。しかし、いまでは「仕事中毒」と同義になっていると著者は言います。
もちろん、苦しくてつまらない仕事のなかから求めているものを見つける人も多少はいるでしょう。でも大半の人は、苦しい奮闘をしても努力が報われず、からだを壊したり、疲弊したり、燃えつきたりします。
「がんばれ」というのは、助言としてもまちがっている。一日がはじまって一四時間を越えると、重要なヒントやひらめきはわきにくくなる。創造性や進歩、斬新なアイデアは力業では生まれない。(32ページより)
だから、がんばることをやめるべきだと著者は主張しています。毎日きちんと働くけれど、長く働きすぎないことが大切だという考え方。子どもと遊ぶ時間を持っても、起業家として成功することは可能だというのです。
趣味を楽しんでもいいし、自分の体を大切にしてもいい。本を読んでもいいし、パートナーとばかげた映画を見てもいい。時間をかけてちゃんとした食事を料理してもいいし、長い散歩に出かけてもいい。つまりは、ときどきまったく普通の人になってもいいということ。(31ページより)
ハッピーな不戦主義者
勝つか負けるか、ふたつにひとつしかない世界に生きている会社は、競争相手より「市場のシェアを広げる」のではなく、「市場を独占」しようとするもの。
顧客にサービスを提供するだけでなく、顧客を「捕まえる」。顧客を「標的」として、営業「戦力」を雇い、ときには新たな才能を探す「ヘッド・ハンター」を採用し、「戦い」を挑み、「勝利」するものなのだということです。
しかし、このような戦争用語で描かれる世界は殺伐としています。自分が軍の司令官で、敵(競争相手)を倒さなければならない状況にあるとしたら、「ずるい手やモラルを無視した方法を使うのも仕方がない」と、自分を納得させやすくなるはず。
そして戦いが大きくなればなるほど、卑怯な策を弄するようになるという悪循環。
残念ながら、戦いや征服といったビジネス用語を避けるのは簡単なことじゃない。報道機関には、競合他社を敵対勢力として描きだすためのテンプレートであるにちがいない。(中略)けれどもこれらの考えかたは、僕らの会社ではなんの意味もない。
僕らは平和にやっている。僕らに帝国主義的な大志はない。業界や市場を独占しようとも思っていない。みんながいい思いをすればいいと願っている。自分たちが幸せになるために、誰かの幸せを奪う必要はない。(35ページより)
こう主張する著者は、自社の市場におけるシェアを知りたいとも思わないと記しています。なぜならそれは、重要なことではないから。
費やしたコストを埋め合わせ、儲けを生み出すのに充分なお金を支払ってくれる顧客がいて、毎年その顧客の数が増えていれば、それで充分だということ。
市場の2パーセントだろうと4パーセントだろうとどうでもよく、大事なのは、健全なビジネスを行なって、自身にとって健全な経済発展ができているかどうか。コストが適切にコントロールされ、利益のあるセールスが行われているかどうかが重要だということです。
多くの会社は、一般的に比較ばかりしていると著者。「業界1位か、2位か」ということだけでなく、「自分たちの製品が、ライバルとくらべてどれだけ優れているか」「誰がどんな賞を得たか」「自分たちより稼いでいるのはどこか」「どこがマスコミから注目されたか」などを気にしすぎているというのです。
マーク・トゥエインは「比較は喜びを半減させる」という核心を衝いた言葉を残している。僕らもマークに賛成だ。
僕らは比べない。ほかの会社がしていることは、僕らができることや、僕らがしたいこと、僕らが選択したことに、なんの影響も及ぼさない。
ベースキャンプでは競争はない、追いかけなくちゃいけないウサギはいない。僕らが幸せかどうか? 顧客が満足してくれるかどうか?を尺度に、ベストを尽くして働くことで深い満足を得ている。
僕らが唯一壊そうとしているのは、時代遅れのアイデアだけ。(37ページより)
「市場独占」の反対語は「撤退」ではなく、「参加」だと著者は考えているそうです。市場に多くある選択肢のひとつになることには、顧客の現実的な選択肢を広げられるという価値があるというのです。
それを受け入れれば、ビジネスの世界から戦争用語があっという間に消え、あるべき姿に戻るということ(34ページより)
僕らの目標=目標はつくらない
一般的な会社には、四半期目標や年間目標があるもの。ビジネスの目標は、さらに大きく、さらによくなるよう奮闘するためのものなので、それを設定するという概念は当たり前のものになっているわけです。
ところがベースキャンプでは、目標を定めていないのだそうです。顧客の獲得目標も、売上目標も、保有利益や年間売上、(利益があること以外に)特定の利益目標もないというのです。
当然ながら、こうしたマインドセットのおかげで、ベースキャンプはビジネスの世界において異端児扱いされているのだといいます。
なぜなら、目標が役に立つことは理解しているけれど、その効果に関心がないから。
利益を増やすことに興味はあるか? ある。収入額に関心は? ある。もっと効率をよくすることに対しては? ある。製品をよりわかりやすく、速く、便利にすることに興味は? ある。
顧客や従業員をもっと幸せにすることには? もちろん関心ありだ。バージョンを重ねて改善していくのは好きか? 大好きだ。
よりよいものをつくりたいか? いつもそう思っている。けれども、「よりよさ」を極めるためにつねに目標を追いかけたいかというと? それはいらない。
だからベースキャンプでは目標を立てていない。会社をはじめたときも目標を立てなかったし、あれから二〇年近くたったいまも立てていない。僕らは日々、できるかぎりベストを尽くすだけだ。(40~41ページより)
それどころか、「目標なんてフェイクにすぎない」とすら著者は言うのです。ほぼすべての目標は、「目標を立てなければならない」という理由で無理に設定されたもの。
それらの根拠のない数字が、達成するか打ち捨てられるかするまで、不要なストレスの根源として機能するということ。
そして達成できたとしたら、また新たな目標が立てられ、それに向かってプレッシャーがかけられることになるわけです。しかも目標を追いかけ、数字に到達しようとしているうちに、モラルや誠実さや健全性が損なわれてしまうことが多いのだといいます。目標に到達していないときは、良心が失われてしまうということ。
目標などなくても、すばらしいビジネスを継続することは可能。そして、本物の仕事をするためにデタラメなものは不要。目標がどうしても必要だというなら、ビジネスを維持することだけを目標にしたらいいのではないかというのです。(39ページより)
「会社はひとつの製品だ」と著者は主張しています。自分たちがつくっているものこそが製品(やサービス)なのだけれども、それらをつくっているのは会社。
だからこそ、会社はもっと優れた製品であるべきだというのです。つまり本書では、そうした考え方を中心に話を展開しているわけです。
製品の開発と同じく、会社もバージョンを重ねて進歩する。製品をよくしたいと思うなら、マイナーチェンジや修正、バージョンアップをしつづけなければならない。会社でもそれは同じだ。(「はじめに」より)
この言葉は、ビジネスパーソンとして生きるすべての人が意識しておくべきことかもしれません。
Photo: 印南敦史